「Takuma Watanabe」と一致するもの

 すごい面子が揃ったものだ。ロンドン発のイヴェント「MODE」が5/25から6/2にかけ東京で開催されることになったのだが、エクスペリメンタルな実力者たちのオールスターといった気配のラインナップとなっている。5/25はイーライ・ケスラーカフカ鼾ジム・オルーク石橋英子山本達久)、パク・ジハ。5/28は伶楽舎。5/30はベアトリス・ディロンルーシー・レイルトンYPY(日野浩志郎)。6/1はメルツバウスティーヴン・オマリー。6/2はFUJI|||||||||||TAと、初来日のカリ・マローン+オマリー+レイルトン。貴重な機会のアーティストも多いので、下記詳細を確認してぜひとも足を運びましょう。

[5月23日追記]
 上記イヴェントにふたつのプログラムが追加されることが決まりました。ひとつは、エイドリアン・コーカー&渡邊琢磨、アキヒラ・サノによるサウンド・インスタレーション(「MODE」の初回プログラム・ディレクターを務めた故・坂本龍一と、デイヴィッド・トゥープによる作品も同時上映されます)。もうひとつは、ポスポス大谷、リキ・ヒダカ、エイドリアン・コーカー&渡邊琢磨ほかが出演する下北沢SPREADでの公演。強力なランナップがさらに堅牢なものとなりました。実験音楽に浸る初夏!

[5/23追加情報]

MODE LISTENING ROOM & POP-UP at DOMICILE TOKYO

Adrian Corker & Takuma Watanabe、Akhira Sanoによるサウンドインスタレーションがドミサイル東京・ギャラリースペースにて発表。

また同会場にて、MODE 初回プログラムディレクターを務めた坂本龍一氏への追悼企画として、Ryuichi Sakamoto & David Toop のパフォーマンス映像(2018)が、NTSとの共同企画により放映される。

詳細:
実験音楽、オーディオビジュアル、パフォーミングアーツを紹介するイベントシリーズ『MODE』 のプログラムの一部として、5月29日~6月3日の期間、原宿のコンセプトストア「DOMICILE」(渋谷区神宮前4-28-9)に併設するギャラリースペースにて「MODE LISTENING ROOM」と題し、Adrian Corker & Takuma Watanabeによる新作インスタレーション『The Impossible Balance』、Akhira Sanoによるサウンドインスタレーション『Magnify Cyte』が発表されます。またストアでは、先行して5月26日より、MODE関連アーティストの音源やTシャツなど限定アイテムを集めたPOP-UPが開催されることが決定しました。

さらには、MODEの初回プログラムディレクターを務めた坂本龍一と、David Toopによる当時のパフォーマンス映像『Ryuichi Sakamoto & David Toop (2018)』をロンドン拠点のラジオプラットフォーム「NTS」との共同企画により放映することが決定いたしました。同企画は先日 逝去された坂本龍一の意志を引き継いだ、氏の所属事務所や家族によって立ち上げられた植樹のためのドネーションプラットフォーム「Trees for Sakamoto」への寄付プロジェクトの一環として開催されます。

【開催日程詳細】

MODE LISTENING ROOM
会期:5月29日(月)- 6月3日(土)12:00‒20:00
会場:DOMICILE TOKYO 〒150-0001 東京都渋谷区神宮前4-28-9 チケット料金:入場無料

参加アーティスト:Adrian Corker & Takuma Watanabe (エイドリアン・コーカー & 渡邊琢磨/UK,JP)
Akhira Sano(アキヒラ・サノ/JP)(
上映作品:Ryuichi Sakamoto & David Toop (2018)

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実験音楽、オーディオビジュアル、パフォーミングアーツを紹介するイベントシリーズ 『MODE』の追加プログラムが、
5月31日に下北沢SPREADにて開催決定。 Posuposu Otani、Riki Hidaka、Takuma Watanabe & Adrian Corkerが出演。

Posuposu Otani/ Riki Hidaka/
Takuma Watanabe & Adrian Corker ‒ The Impossible Balance
feat. Atsuko Hatano (vn), Naoko Kakutani (va), Ayumi Hashimoto (vc), Tatsuhisa Yamamoto (ds), Takuma Watanabe (cond)

スロートシンガーソングライターで口琴演奏家、倍音印象派のPosuposu Otani(ポスポス大 谷)をはじめ、ギタリストのRiki Hidaka(リキ・ヒダカ)、映画音楽を数 多く手掛け、デイヴィッド・シルヴィアン、フェリシア・アトキンソンらなど海外アーティストと の協業でも知られるTakuma Watanabe(渡邊琢磨)と、音楽家であり、レーベルSN Variations、Constructiveを運営するAdrian Corker(エイドリアン・コーカー)の新プロジェ クトThe Impossible Balanceが発表されます。ライブには、波多野敦子(バイオリン)、角谷奈緒子(ヴィオラ)、橋本歩(チェロ)、山本達久(ドラム)、渡邊琢磨(コンダクト)が出演。

【開催日程詳細】
公演日時:5月31日(水)19:00開場/19:30開演 22:00終演
会場:SPREAD 〒155-0031 東京都世田谷区北沢2-12-6 リバーストーンビルB1F
チケット料金:前売3,000円 当日3,500円 U23 前売・当日 2,000円[全自由・スタンディング] ※ZAIKOにて販売中

出演者:
Posuposu Otani(ポスポス大谷/JP)
Riki Hidaka(リキ・ヒダカ/JP)
Takuma Watanabe & Adrian Corker (渡邊琢磨&エイドリアン・コーカー/JP, UK)
波多野敦子(バイオリン)、角谷奈緒子(ヴィオラ)、橋本歩(チェロ)、 山本達久(ドラム)、渡邊琢磨(コンダクト)

33-33 x BLISS present MODE TOKYO 2023
2023年5月25日 - 2023年6月2日

実験音楽、オーディオビジュアル、パフォーミングアーツをフィーチャーする
ロンドン拠点のイベントシリーズ「MODE」が東京にて開催。初の来日公演となるカリ・マローンはじめ、スティーブン・オマリー、イーライ・ケスラー、ベアトリス・ディロン、カフカ鼾、伶楽舎、FUJI|||||||||||TAなど、全5公演、11組のラインナップを発表。

ロンドンを拠点とする音楽レーベル兼イベントプロダクションの33-33(サーティースリー・サーティースリー)が贈る、実験音楽、オーディオビジュアル、パフォーミングアーツを紹介するイベントシリーズ『MODE』が復活。
2019年ロンドンでの開催以来となる2023年のエディションが、日本を拠点として実験的なアート、音楽のプロジェクトを展開するキュレトリアル・コレクティブBLISSとの共同企画により、東京都内複数の会場にて開催します。世界のアート、音楽シーンで評価を受けているアーティストたちが集結し、9日間にわたって国際的なアートプログラムを実施します。
今回の東京開催の背景には、主宰の33-33と日本の芸術や音楽との長年にわたるコラボレーションがあります。2018年にロンドンで発表された第一回のMODEでは、日本の作曲家、ピアニスト、電子音楽のパイオニアであり、先日3月28日に惜しまれつつ逝去された坂本龍一氏がプログラムキュレーターを担当しました。敬意と追悼の意を込め、MODEは今回のシリーズを氏に捧げます。

※公演チケットは各プログラム限定数での先着販売となっております、追加販売予定はございませんのでお早めにお買い求めください。


【開催日程詳細】

@The Jewels of Aoyama *Co-presented with Bar Nightingale
公演日時:5月25日(木)18:00開場/19:00開演 22:00終演 
チケット料金:前売6,000円[スタンディング]※ZAIKOにて販売中
出演者:Eli Keszler(イーライ・ケスラー/US)、カフカ鼾(Kafka's Ibiki/US, JP)、Park Jiha(パク・ジハ/KR)
会場:The Jewels of Aoyama 〒107-0062 東京都港区南青山5丁目3-2

一連のイベントシリーズの幕を開けるのは、NY拠点のエクスペリメンタル・パーカッショニストEli Keszler。Jim O’Rourke(ジム・オルーク)、石橋英子、山本達久によるトリオ、カフカ鼾。そして初の来日公演となる、韓国の伝統音楽を主軸とした現代音楽家 Park Jihaが出演するプログラム。また、このプログラムは世界中のアーティストらに支持される会員制の実験音楽バー「Bar Nightinegale」との共同企画で開催される。

@四谷区民ホール ※関連プログラム
公演日時:5月28日(日)15:30開場/16:00開演
チケット料金:前売3,000円・当日3,500円[全席自由]
https://reigakusha.com/home/sponsorship/4403 参照
出演者:伶楽舎(Reigakusha/JP)伶楽舎雅楽コンサートno.40 〜芝祐靖作品演奏会その4〜
会場:四谷区民ホール 〒160-8581 新宿区内藤町87番地

1985年に発足した雅楽グループ伶楽舎による『伶楽舎雅楽コンサートno.40 〜芝 祐靖作品演奏会その4〜』をMODE 関連プログラムとして紹介する。伶楽舎は現行の雅楽古典曲だけでなく、現代作品の演奏にも積極的に取り組み、これまでに湯浅譲二、一柳慧、池辺晋一郎、猿谷紀郎、伊左治直、桑原ゆうなど多くの作曲家に新作を委嘱。日本を代表する現代音楽家、武満徹作曲の雅楽作品『秋庭歌一具』の演奏でも複数の賞を受賞。長らく音楽監督を務めた芝祐靖は雅楽の世界に新風を送り続けた人物で、MODEで紹介される現代音楽表現のルーツの一部を体験できるプログラムとなっている。

@WALL & WALL
公演日時:5月30日(火)19:00開場/19:30開演 22:00終演
チケット料金:前売4,000円[スタンディング] ※ZAIKOにて販売中
出演者:Beatrice Dillon(ベアトリス・ディロン/UK)、Lucy Railton(ルーシー・レイルトン/UK)、YPY(ワイ・ピー・ワイ/JP)
会場:WALL & WALL 〒107-0062 東京都港区南青山3丁目18−19フェスタ表参道ビルB1

実験的電子音楽に焦点を当てたこの日のプログラムは、前作『Workaround' (PAN, 2020)』が、The Wire紙によって’Album of the Year’に選ばれた、ロンドン拠点の作曲家・サウンドアーティストのBeatrice Dillonと電子音楽レーベル「NAKID」主宰し、バンド「goat」の中心人物で作曲家・音楽家の日野浩志郎によるソロプロジェクトYPYが共演。イベントのオープニングを飾るのは、先日オランダのフェスティバルRewireにて世界初公開され反響を呼んだ アーティスト・詩人のパティ・スミスによるプロジェクト『Soundwalk Collective & Patti Smith』や、今回初の来日公演となるKali Maloneの作品にも参加する、イギリス人チェリスト・作曲家であるLucy Railtonの日本初公演。

@Shibuya WWW
公演日時:6月1日(木)19:00開場/19:30開演 22:00終演(予定)
チケット料金:前売4,500円[スタンディング] ※ZAIKOにて販売中
出演者:Merzbow(メルツバウ/JP)、Stephen O’Malley(スティーブン・オマリー/US, FR)
会場:WWW 〒150-0042 東京都渋谷区宇田川町13−17 ライズビルB1F

20年以上にわたり、SUNN O)))、 KTL、 Khanateなど数々のドローン/実験的プロジェクトの構想や実行に携わってきたStephen O'Malleyと、説明不要の世界的ノイズ・レジェンドであるMerzbow a.k.a. 秋田昌美によるダブルヘッドライナーショー。

@淀橋教会
公演日時:6月2日(金)18:00開場/19:00開演 21:00終演 
チケット料金:前売6,000円[全席自由] ※ZAIKOにて販売中
出演者:FUJI|||||||||||TA (フジタ/JP)、Kali Malone(カリ・マローン/US, SE) presents: 『Does Spring Hide Its Joy』 feat. Stephen O’Malley(スティーヴン・オマリー/US, FR)& Lucy Railton(ルーシー・レイルトン/UK)
会場:淀橋教会 〒169-0073 東京都新宿区百人町1-17-8

今シリーズのフィナーレは、新宿区大久保の多国籍な街中に位置する淀橋教会にて開催される。パイプオルガンによる作品で知られる作曲家・サウンドアーティストのKali MaloneがStephen O'Malley、Lucy Railtonとともに、国際的に高評価を得て、Billboard Classical Crossover 4位を獲得した最新作品『Does Spring Hide Its Joy (2023)』を日本初公演にて披露する。ダブルヘッドライナーとして、近年日本を拠点にヨーロッパ、アメリカで高い評価を得ている自作のパイプオルガン奏者でサウンドアーティストFUJI|||||||||||TAが登場。

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About 33-33:
33−33(サーティースリー・サーティースリー)は、ロンドン拠点のレコードレーベル兼イベントプロダクション。年間を通してイベントプログラムを企画制作するだけでなく、33−33レーベルからのレコードのリリースや、アーティストとともに個別のプロジェクトを制作するなどしている。
33−33は、イースト・ロンドンの教会にて2014年以来開催されているイベント『St John Sessions』を機に発足。過去にはガーナ、東京、ベイルート、カイロでイベントを開催している。2018年には音楽、アート、パフォーマンスを紹介するフェスティバル『MODE』を設立。2018年には坂本龍一氏がキュレーションを行い、2019年にはLaurel Halo(ローレル・ヘイロー)がプログラムを構成した。

About BLISS:
BLISS(ブリス)は、2019年に日本を拠点として設立されたキュレトリアル・コレクティブ。アートと音楽の分野において、実験的な展覧会、イベントなど行う。抽象性が高く、実験的な表現を社会に発表、共有し続けることが可能な環境をつくることを目的としている。主なプロジェクトに、Kelsey Lu at Enoura Observatory (2019)、INTERDIFFUSION A Tribute to Yoshi Wada (2021)など。

Works of BLISS:
Kelsey Lu at Enoura Observatory
INTERDIFFUSION A tribute to Yoshi Wada

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SUPPORTED BY
アーツカウンシル東京
グレイトブリテン・ササカワ財団
大和日英基金

PARTNER
EDSTRÖM OFFICE

Takuma Watanabe - ele-king

 渡邊琢磨が10月1日、河口湖円形ホールにてライヴ公演をおこなう。
 昨年イギリスのレーベル〈Constructive〉よりリリースされた渡邊琢磨のアルバム『ラストアフタヌーン』と新作初演を、弦楽アンサンブルにドラマー山本達久を迎えた編成で演奏。またスペシャル・ゲストとして、ベルリンから次世代ECMを担う英国のピアニスト、オルガニスト、Kit Downes(キット・ダウンズ)と、ニューヨークからキップ・ハンラハンのディープルンバへの参加ほかで著名なキューバ出身ドラマー、Daphnis Prieto(ダフニス・プリエト)がリモートで参加する。

【日時】
2022年10月1日(土)
11:00〜21:00(予定)

【出演】
■12:00-13:15
地行美穂(vn1)波多野敦子(vn2)角谷奈緒子(va)橋本歩(vc)千葉広樹(cb)山本達久(dr) 渡邊琢磨(cond)Guest:Daphnis Prieto(drum)from New York ※海外オンライン出演

■19:00-20:15
渡邊琢磨アンサンブル
地行美穂(vn1)波多野敦子(vn2)角谷奈緒子(va)橋本歩(vc)千葉広樹(cb)山本達久(dr)渡邊琢磨(cond)Guest:Kit Downes(Charch organ)from Berlin ※海外オンライン出演

【会場】
河口湖円形ホール:https://stellartheater.jp/halls/enkei/
〒401-0304 山梨県南都留郡富士河口湖町河口3030
TEL:0555-76-8822
駐車場について:https://stellartheater.jp/halls/stellar/parking/

【料金】
1プログラム:¥5,000(前売)¥6,000(当日)
1日通し券 :¥10,000(前売)¥12,000(当日)
※チケット販売は2022年8月19日より

詳細:https://www.jjazz.net/jjazznet_blog/2021/08/post-89.php

DELAY X TAKUMA - ele-king

 なんとなんと、モダン・クラシカルとエクスペリメンタルあるいはアンビエントを自由に往復する音楽家・渡邊琢磨の楽曲をダブ・テクノの騎手ヴラディスラヴ・ディレイがリミックスするというのは、良いニュースです。しかもただのリミックスではありません。最新作『ラストアフターヌーン』に収録の2曲を1曲に再構築するという、これが2ヴァージョン(つまり4曲が2曲に再構築されている)、かなりの迫力ある音響に仕上がっています。デジタル配信は11月5日、来年の1月にはUKの〈Constructive〉から12インチとしてリリースされる。
 野党も共闘していることだし、音楽もジャンルの壁を越えています……なんてね。

Delay x Takuma
Constructive
※ヴァイナルは2022年1月7日発売

interview with Takuma Watanabe - ele-king

 1日のなかで音を奏でる時間はどんどん減っていると渡邊琢磨はいう。本文では割愛した一節だが、その前段で私たちは仕事における知識と経験の蓄積、それが導く予想と結果について話しており、1日でいかほどの時間を仕事に割くか話題にしていた。冒頭はそのとき渡邊琢磨の口をついたことばであり、以下の発言がそれにつづく。
 「昔のように四六時中楽器を弾いていることは少なくなりましたが、頭のなかで音楽をつくる行為はどんどん肥大化していてその占有率たるやものすごいものなんです」
 イギリスの新興レーベル〈Constructive〉がリリースする渡邊琢磨のソロ・アルバム『Last Afternoon(ラストアフタヌーン)』には上の発言を音で裏打ちする趣きがある。2014年の『Ansiktet(アンシクテット)』で生楽器を素材に字義どおりのコンポーズをやってのけた渡邊琢磨は映画音楽での実践と並行するかたちで、ストリングス・カルテット──ときに十人を越える規模に拡大することもある──で挑戦的な試みにのりだしていく。なかでも弦楽器の旋律の動きと関係という対位法の側面は中心的な課題となり、課題そのものを変奏するように音響や質感といった生理〜感覚との統合的な領野へ横滑りしはじめる。トランスフォームした弦の響き、電子音、椅子が軋むような、ものが落ちるような、小物がカタカタ鳴るような現実音や、ささやく人声──無数の音のイベントからなる『ラストアフタヌーン』はそのとりくみが実を結んだものだが、耳につくのは探究の深まりより生成変化する音のひろがりである。渡邊琢磨が日々の暮らしでもおそらく似たような出来事が起こっており、傍目にはたんにブラブラしているだけでも、内面には音があふれ、いまさまに閾値を超えそうになっていることもなくはない。終止形を迂回するかのような楽想は表題がしめすとおりで、もとより意図のうちだろうが、観念的であるばかりかこの想像的な音のあり方はあらゆる感覚を横切り、聴き手に多面的に作用する。新たな動きがはじまっているのはまちがいない。

結局、ヨハン・セバスチャン・バッハが何かしらの起点になっているのかもしれません。いまも音楽はいろいろ聴きますが、バッハの『平均律クラヴィーア曲集』は分析しだしたら一生かかるんじゃないかと思うくらい、あの曲集には音楽の基礎的な部分と和声学の極地のような部分があると思います。

『ラストアフタヌーン』は〈SN Variations〉の姉妹レーベルにあたる〈Constructive〉からのリリースになります。

琢磨:はい。レーベルオーナーのエイドリアン・コーカーと僕のタイトルのみの新進レーベルです。

レーベルとしては2作目ですか。

琢磨:カタログ番号的にはエイドリアンがサントラを手掛けたドラマ『Tin Star (Liverpool)』が「00」番で、『ラストアフタヌーン』が「01」になります。

エイドリアン・コーカーと琢磨さんの出会いを教えてください。

琢磨:アルバムのミックスが佳境に入ったあたりで、クリス・ワトソンとジョージア・ロジャースという電子音楽家のスプリット版(Chris Watson Notes From The Forest Floor/Georgia Rodgers Line of Parts)LPを偶然買ったのですが、内容はもちろんのことパッケージングのコンセプトなどもおもしろかったので、ジャケットに記載されてあった〈SN Variations〉というレーベルのサイトをチェックしたところ、実験音楽やケージなどの現代音楽にサントラまでリリースしていて、カタログがすくない一方、独自のポリシーやアイディアがあっておもしろいなと。自分のアルバムに限らず、制作全般に関していろいろ提案できる余地もあるなと思って、マスタリング前のアルバムのデータをおくったのですが、すぐにおりかえしがあって話しがまとまりました。

絵に描いたような話ですね。

琢磨:当初エイドリアンとは、Skypeを通してリリースの話しなどを進めていたったのですが、そのながれでおたがいの国のことやパンデミックの状況のこと、好きな音楽や映画音楽の制作プロセスのちがいなどいろいろと話しをしたのですが、その際とてもポライトで話しが合う人だなという印象をもちました。エイドリアンがどう思ったかはわかりませんが(笑)。

琢磨さんはレーベルもやっているし自分でも出すこともできたのになぜそうしなかったの?

琢磨:こういう(パンデミックの)状況下で海外に行くことも難しいので、エイドリアンも僕も国外のことが気になっていたのかもしれません。それでお互い素性がよくわからないまま、Skypeで長々と議論するという……。

『ラストアフタヌーン』をつくろうと思い立ったのはいつごろできっかはなんだったんですか。

琢磨:14年頃から活動を継続してきた弦楽アンサンブルがありまして、そのアンサンブルでのライブやレコーディングがアルバム制作の契機になっています。アンサンブル結成の土台にあったのはパーソナルなことなのですが、対位法の独習をおしすすめたいという思いでした。

ユニゾン的な求心力ではなく、それぞれを自律的に動かしていくニュアンスを主体にして曲を書いた?

琢磨:縦の響きがきらいなわけではないのですが、それぞれの音の動きがまちまちである状態は好きですね。

仮に作家を縦と横の志向性でわけるなら、琢磨さんは後者だろうね。

琢磨:結局、ヨハン・セバスチャン・バッハが何かしらの起点になっているのかもしれません。いまも音楽はいろいろ聴きますが、バッハの『平均律クラヴィーア曲集』は分析しだしたら一生かかるんじゃないかと思うくらい、あの曲集には音楽の基礎的な部分と和声学の極地のような部分があると思います。バッハのフーガのようなものは書けませんが、こういう音楽のナゾにとりくむことは作曲上の基点にもなります。

対位法の探究の先に『ラストアフタヌーン』はあると。

琢磨:対位法を独習していく過程でなにが起こったのかを言葉にするのはむずかしいのですが……各々の線の響きを譜面上で伸縮させたり緩慢にしたりする実験を重ねた結果、ポリフォニーが薄れていって、音色やテクスチャーに興味が推移していったような感じです。そこから、ひとまとまりの弦の響きがコンピュータによってジェネレートされたとき、どのような音が生成されるのかという、いわゆる「音響作曲」的なことに関心をもつようになりました。逆に対位法の独習の成果は、映像の動きやムードを、旋律や和声進行などでフォローする映画音楽の仕事にスライドしていきました。

いまおっしゃったジェネレートされた音というのはあらかじめ録音した弦の音を事後的に処理するということですか。

琢磨:本作に関しては先に弦の録音を行い、後日、その演奏内容をもとにコンピュータによるサウンドの生成を行いましたが、このプロセスはライブでも可能です。基本的には、オグジュアリー(AUX)に原音を送ってエフェクトをかけるようなことと一緒なので、弦の音自体を処理するというよりも、弦の演奏にコンピュータがどのような反応をするかが趣意になっています。ただ、そのプロセス自体はさほど重要ではなく、弦楽と電子音が合奏している音のイメージが元々あって、それを具体化する上で用いたアイディアのひとつに過ぎません。

生演奏とコンピュータと相互作用までふくめた作曲なんですね。

琢磨:テクノロジーと生演奏の諸関係という課題は、IRCAMやGRMなどの研究機関で昔から試みてきたことですし、真新しいものではありませんが、そういった構想をアカデミズムや様式にとらわれず、自分なりの方法で試行錯誤していきたいと思っています。

その場合ストリングスのスコアは事前に用意するんですよね。

琢磨:事前に用意します。ただ不確定な音が譜面上に混在していることが多々あって、たとえば、特定の小節内にリズムや音価が記されていない音があったり微分音があったり。そういうセクションの解釈は演奏者にゆだねています。演奏上の指標を部分的にオミットすることで、摩擦のある雑然とした演奏になるのですが、そういうセクションを設けることで、演奏するたびにちがった結果を得ることができますし、コンピュータの反応も変わるので、作曲上のねらいとも合致します。

ねらいというのは不確定性ということですか。

琢磨:エラーみたいなものですね。不確定な小節と厳密な記譜が混在していると、エラーが楽曲全体に侵食してくるという。ジャズでいうところの「ロスト」した状態のような、どこをやっているのかわからない状態ができてくるんですね。

あの瞬間はいいですよね。

琢磨:ええ(笑)、あのザワザワとした感じ、あれがほしいという(笑)。

意地悪だな(笑)。

琢磨:いえいえ(笑)。スコアから大きく逸脱することはありません。僕がジャズを演奏するとたいていロストして、どこを演奏しているかわからなくなってしまうのですが、そういうザワザワ感とは違います(笑)。

となるとスコアはアンサンブルへの宛て書きでもあったということになりますね。

琢磨:メンバーや編成も可変的なアンサンブルではありますが、演奏者同士が旧知の仲ですし、弦奏者各々の音のニュアンスも自分なりに把握していますので、作曲時にその音をイメージしていることもあります。あと、楽曲の初演会場などを念頭に置くこともありますね。

数年おきにくりかえしみる夢がありまして、住み慣れた家のなかに隠し扉を発見して、そこを開けてなかを覗くと壮大な図書館があるとかいう感じの内容なのですが、こういう日常と非日常の連続性というのは自分に限ったことではなく、今日的なテーマではないでしょうか? 

さきほどおっしゃったコンピュータ上のジェネレーターは演奏中に具体的にどのような動作をおこなっているんですか。

琢磨:Maxで組み立てたユーザーインターフェイスがあって、先述のとおり弦の音が送受信されるたびに作動して結果を生成するというだけのことですが、プログラミングと生演奏の作曲の決定的なちがいは、個人的にヴァイオリンという楽器の制作方法や工程は詳細にはわかりませんが、そのことが作曲上のデメリットになることはほとんどありません。しかじかの音色を出すにはどういう演奏をすればよいのかとか、どういう音域の楽器なのかとかそういった知識があれば、ある程度結果を予測することができます。しかしコンピュータ・プログラミングの場合、その制作方法を知る必要がある一方、結果が未知数なことが多いと個人的には思います。自分の技術上の問題も多々ありますが……。特定の動作を実行するプログラムを組むことはできても、それによって事前に想定していた音を得ることができるかは、また別の問題です。だからこういう手法でイメージ通りの結果を出すには、多少の時間と試行錯誤をくりかえす必要がありますし、弦楽の演奏内容によってインターフェースの反応も様々なので、デバイス自体を作り直すこともあります。なので、わりと出たとこ勝負の方法かもしれません。

たがいに干渉し合っているということですね。作品の中身では物音やフィールド録音の音も使用されていますよね。

琢磨:フィールド・レコーディングの音に関しては、ミックスの際、特定のレンジ(音域)に音を補足する上で、虫の声や外気の音が適宜に思えたので取り入れましたが、具体音以外でイメージしている音像やバランスをつくれるのであれば、シンセの音でもデジタルノイズでも構いません。なので、ミュージック・コンクレート的な着想というよりはミックスダウンをする上で必要な音素材ということですね。

微細に聴いているとほんとうにいろんなことが起こっている作品ですよね。

琢磨:とっちらかっていますよね……

とっちらかっているというよりは出来事があちこちで派生しているといいますか。聴くたびにいろんなイベントが方々で起こっていて、発見の多い作品だと思います。

琢磨:ありがとうございます。アルバムに収めた8曲は録った時期もまちまちで、あとから似た傾向や雰囲気の作品を8曲分あつめたので、コンセプトに一貫性があるわけでもないんです。弦楽アンサンブルでの公演やレコーディングのたびに初演曲を用意してきた結果、アルバム1枚分くらいの曲が揃った感じです。そういう機会があるごとに新曲をつくって発表していかないと、つくるだけつくって忘れてしまうことも多々あるので。なので、未収録曲も30曲以上あると思います。室内楽編成の曲やルネッサンス期の声楽曲を弦にアレンジして録音し、そのデータをアキラ・ラブレーが彼独自のソフトウェアでドローン化した作品もありますが、アルバムへの収録はみおくりました。

アキラさんは5曲目の“シエスタ”に参加していますね。アキラさんとは昨年の染谷将太監督の映画『まだここにいる』のサウンドトラックを再構成したEPでも共演されていますが、継続的にやりとりしているんですか。

琢磨:その“シエスタ”という曲は18年くらいには完成していました。アキラさんとはたまに連絡とっています。わりとフランクなやりとりが多いですね、「最近どう?」とか(笑)。

ただの友だちじゃないですか(笑)。

琢磨:そうですね(笑)。アキラさんはけっこうナゾなひとで、彼がどういうことに関心があるのかという片鱗にふれるだけでもおもしろい。かなり固有の時間のなかで音楽やソフトウェアをつくったり生活したりしている方なので、話しているとパラレルワールドにいる気分になります。

独自の時間がながれているんですね。

琢磨:ちょっとプルースト的といいますか。現在の話しなのか過去について語っているのかわからなくなることもあります。アキラさんは南テキサス出身で、ジャズ・トランペッターのビル・ディクソンに師事していたこともあります。

ビル・ディクソンでジャズの十月革命は想い出しても、プルーストと関係なさそうだもんね(笑)。

琢磨:でも彼のノスタルジーとリアルが交錯すような話しは、なにもかもがネット内時系列的であるような今日においてはとても貴重だと思いますし、実際タイムトラベラーなのかもしれませんよ(笑)。

彼はソフトウェアをつくっているんですよね。

琢磨:以前ele-kingでインタヴューしたのですが、C言語、C+も使っていてソフトウェアの開発も行ってます。既存のアプリケーションは使わずに、独自のソフトウェアを使って音楽制作をするアーティストです。おそらく米国のパーソナル・コンピュータの黎明期にインスパイアされた方だと思います。GRM所縁の個々のアーティストとは交流があるものの、あくまでインディペンデントなスタンスで活動しているのも興味深いです。

ほかに『ラストアフタヌーン』のゲストでいえば、ジョアン・ラバーバラさんがクジレットされていますね。

琢磨:僕が昔リリースした『Agatha』というアルバムがありまして。

2004年のアルバムですね。あの作品にもラバーバラさんは参加しています。

琢磨:今回のアルバムに入っているジョアンの曲は『Agatha』制作時に録音したアルバム未収録の音声データを使って作りました。パンデミックになって予定が全部飛んだので、家の掃除や資料の整理をしていたのですが、そのさい古いHDDを発見しまして、なかをみたら「Joan」と書いてあるフォルダに、アルバム未収録のジョアン・ラバーバラの音声データがまとめてあって、一通り聴いてみたらとても良かった。2002年の録音だったので、タイムカプセルを掘り起こしたような気分になりましたよ。それで、当時収録しなかったトラックデータは削除して、ジョアンの声だけを元に新曲をつくり直しました。

『Agatha』の録音は2002年だったんですね。

琢磨:前年にレコーディングする予定だったのですが、セプテンバー11で延期になりました。

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某アーティストによる『ラストアフタヌーン』のリミックスEPを近々リリースする予定で、8月下旬にはレーベルが詳細をアナウンスすると思います。いまは、イギリスの弦楽奏者にあてた新作にとりくんでいます。こちらはアルバムとは対極的な内容になると思います。

コンボ・ピアノの『Agatha』は〈イーストワークス〉のリリースなのでキップさんの参加はわかりますが、ラバーバラさんはどのようないきさつで参加されたんですか。

琢磨:ジョアン・ラバーバラを知ったのはたしか、モートン・フェルドマンのアルバム『Only』で、それでお声がけしたと思うのですが、どうやってコンタクトをとったのかその経緯を思い出せないですね。オフィシャルな窓口に連絡を入れたと思うのですが、当時はインターネットがいまのようではなかったので、FAXでやり取りしたのかもしれません。

『Agatha』にラバーバラさんはそれなりに参加していますよね。

琢磨:3~4曲ほど。リラックスして楽しかったおぼえがあります。その前後のキップ・ハンラハンのミュージシャン仲間との録音が慌ただしかったもので。

一服の清涼剤だったと。

琢磨:淡々と穏やかな録音ではありました(笑)。キップたちとはレコーディング後も飲みに行ったり、ライブハウスにジャムセッションに行ったり目紛しくも楽しかったです。

私としてはあの感じでまたやってほしいですけどね。

琢磨:去年の3月くらいに動けない感じになって大掃除をしていた際に、NYの録音時の写真なんかも出てきて感慨深かったです。パンデミックになった直後に彼らと久々に連絡をとりました。キップやブランドン・ロスにロビー・アミーンとか。お互いどうにかこうにか元気にやってますねと。

コロナ・パンデミックで過去の整理に割く時間ができたんですね。

琢磨:片づけをしつつ、アルバムのTD(トラックダウン)をする時間もできました。思索の時間をもうけて、発見がいろいろありました。

それはご自分の現在とりくまれていることや、これからやろうと考えていることについての思索ですか。

琢磨:そうですね。レーベル〈SN Variations〉との新しい出会いなどから、新たな可能性が生まれました。こういう状況下で、一方の扉は閉じてしまいましたが、また別の扉が開いたような感じです。

具体的にすすめていることを教えてください。

琢磨:某アーティストによる『ラストアフタヌーン』のリミックスEPを近々リリースする予定で、8月下旬にはレーベルが詳細をアナウンスすると思います。いまは、イギリスの弦楽奏者にあてた新作にとりくんでいます。こちらはアルバムとは対極的な内容になると思います。あとは、アルバムのリリース記念をかねてストリーミング・コンサートをやろうという提案がレーベルからきているのですが、イギリスのミュージシャンの演奏を収録して、後日その音を組み合わせて配信しようと思っています。

組み合わせるというのは具体的にどういうことをやるんですか。

琢磨:本来であれば欧州でプロモーションを展開したかったのですが、現状は難しいので、イギリスのミュージシャンにこちらから新作のパート譜をお送りして、後日その音データをこちらで編集で組み立てて、音楽映像作品にまとめるという計画です。なので、配信といってもリアルタイムではなく、収録した内容を映像も含めて編集して公開する予定です。

エイドリアンさんはレーベル運営者としてもいろいろ仕掛けていくタイプなんですか。

琢磨:エイドリアンは、テレビドラマや映画のサントラ制作も手がける音楽家ですが、興味関心が広範囲なので、よい意味でとらえどころがなく、彼が主催しているふたつのレーベルも、なにを主旨としているのかわかりにくいと思いますが、もう少しカタログが揃ってきたら、レーベルのイメージも明確化すると思います。先ごろ、エイドリアン自身の『9 Spaces』というアルバムがデジタルのみでリリースされまして、このアルバムに山本達久くんと参加したのですが、エイドリアンから僕らへのオファーというのが、クリス・ワトソンが集音したフィールド・レコーディングを土台に音をつくるというもので、なかなか抽象的かつ有意義なやりとりでした。それから9月には、〈GRM〉や〈Modern Love〉から次々と興味深い作品をリリースしているイギリスのチェリストで音楽家、ルーシー・レイルトンと、ECM専属アーティストでもあるパイプオルガン奏者キット・ダウンズのデュオ・アルバム『Subaerial』がリリースされます。いま上げたイギリスのミュージシャンたちは、エイドリアンの映画音楽の仕事などにも携わっていて、彼は大規模オーケストラと身近な音楽仲間を編成上組み合わせて、付随音楽などの仕事も行なっています。

日本の現場ではなかなかそこまでは望めなさそうですね。

琢磨:時間もタイトですからね。ただ、イギリスではサントラの仕事はパートごとに分業することもあると思いますので、そういう制作過程の違いも関係しているかもしれません。イギリスもアメリカと同じく作曲と編曲は分業ではないかと思います。個人的には、編曲も作曲のうちだと思っているので、そのことについては少々懐疑的ですが、海外の映画音楽にはオーケストレーターという部門がありまして、作曲家が書いた曲をオーケストラに編曲することが主な仕事なのですが、楽曲の音色設計などはオーケストレーターが担っている部分が多々あると思いますし、作曲家の作業量は軽減するでしょうね。もちろん組合システムであるとか、製作ラインの構造的なちがいもあると思いますが、スタッフ各々が相互にコンプリメントしながら映画作品のクォリティを上げていくというのは、一考の余地はあると思います。

仕事を分け合いつつ質を高めると。

琢磨:そうですね。個人的には、音効や整音部の方々と連携が取れると、音楽もより実験的な試みが可能になると思います。

いまなにか映画音楽でとりかかっているものはありますか。

琢磨:詳細はまだお伝えできませんが、来月から作業に入る新作映画の準備を進めています。あと音楽を手がけた、横浜聡子監督の『いとみち』が先日公開になりました。パンデミックになった直後の仕事でしたので、いろいろ試行錯誤がありました。

具体的には?

琢磨:最近は状況次第で慣習化してきましたが、横浜監督との音楽打合せもzoomでしたし、もろもろの都合で整音の立会いもできなかったので、整音に先立って完成した音楽を全シーンに当て込んだオフライン・データを作ってお送りし、相対的なバランスのレファレンスにしてもらいました。あとは演奏者とスタジオで作業することが難しかったので、単独で録音していただいた弦の音を編集でひとつのアンサンブルにまとめたり、弦の代わりにムーグのパッドを入れたり。ただ『いとみち』は、主演の駒井蓮さんと、祖母役の西川洋子さんが演奏する三味線が映画のキーになっていますので、こちらで担当する音楽は、映画の雰囲気や演出を補足するくらいでちょうど良いと思っていました。

状況に対応していますね。

琢磨:データのやり取りなどはパンデミック以前から行っていたことなので、さほどのことではありませんが、とにかく状況の変化が激しいので、今後も周囲とコミュニケーションを取りつつ柔軟に試行していこうと思います。

琢磨:話変わりますが、今回自分でミュージック・ヴィデオをアニメでつくったんですよ。

あれおもしろかったですね。でもあれってなんなんですか。

琢磨:イタリアの音楽雑誌のアルバム・レヴューでは「ミュージック・ヴィデオは完成度が低い」と書かれましたが、実際そうなので反論はしませんよ(笑)。これもパンデミック以降予定が飛んだので、3DCGの研究をはじめたことがきっかけとなっています。あの感じのアニメが7作品くらいありまして、今年の10月には大分県の湯布院にある美術館で、そのアニメーション・フィルムの展示を行う予定です。

どうやってつくっているんですか。

琢磨:制作にはゲームエンジンなどを使ってます。適切な使用方法かどうかいまだにわかっていませんが....

琢磨さんは自分なりのやり方をみつけるの得意だよね。

琢磨:それ以外のやり方ができないともいえますが(笑)。最初は『ECTO』の次に撮ろうと思っていた映画の絵コンテというかVコン的なものを、3DCGで作ろうと思っていたのですが、人気の無い風景を作ったりするうちに面白くなってきて、アニメーション単体で作品化する予定です。しかし、3DCGの書き出しにはなかなか時間がかかるもので、20分くらいの尺になると半日以上要するので、なかなか作業が捗りませんね。

たいへんですね。

琢磨:爆速のコンピュータを使えば作業時間を短縮できるのかもですが、その緩慢さが自分のアニメーションの特色になっているような気もしてまして。実際、半日くらいかけてレンダリングが終わっていざ動かしてみると、まったく予想していなかった破壊的な動きをキャラクターがすることもあるのですが、やり直すのも面倒ですし、そのまま完成ということにしています。出来上がったアニメを眺めていると虚無感に駆られることもありますが、釈然としない時間を経てみないと、電撃的なことは起こりませんからね……。

何作か拝見しましたが、琢磨さんの脳内の対位法がみえるようで興味深かったです(笑)。

琢磨:昔からみている夢とか、こんな場所があったらおもしろいなとか、そういうイメージを具体化しているだけですけどね。

『ECTO』にも幾分かそういうところはあったと思うんですね。動きや空間の認識において、無意識下にあるものを映像化したいと考えていた節があったと思うんですね。

琢磨:数年おきにくりかえしみる夢がありまして、住みなれた家のなかで隠し扉を発見して、そこを開けてみると壮大な図書館があるとかいう感じの内容なのですが、こういう日常と非日常の連続性というのは自分に限ったことではなく、今日的なテーマではないでしょうか?詳細に考えたことはありませんが、何がしかのフォーマットでそのイメージを具体化していきたいです。『ECTO』の植物園が冥界に通じているのも、もしかするとその主題の変奏かもしれません。なので、いまつくっているアニメと『ECTO』はコンセプト的には通底しているかもしれません。こういってしまうと『ECTO』に出演いただいた、佐津川さんと染谷くん川瀬さんにはもうしわけないですけど。

とはいえ彼らが作中でもとめられていた演技は今回のアニメとかさなる部分がありますよね。

琢磨:そうかもしれません。表情も分からないようなルーズショットが多かったので。いまは第7話をつくっているところです。『トワイライト・ゾーン』のように、オムニバスでつながっていく感じで、7話目もまた幽霊性がテーマです。キャンプ場で焚き火をしている男に幽霊が取り憑く話です。弦楽器の弱音と雨音が、薄っぺらな世界に臨場感を与えていると思います。

そういえば『ラストアフタヌーン』でも擦過音というか、微弱な音を効果的にもちいている場面は多々ありました。

琢磨:弦楽器の弓の圧を最低限にとどめてかつゆっくり弾くと、サーッという擦れるエア音のようになるのですが、そのエア音が実音に変わるか変わらないかのギリギリの狭間の音はいいですね。レコードをかけたときに聴こえてくるクラックルノイズ(パチパチ音)のような感じで。

電子音のグリッジ、接触不良音、エラー音と弦楽器のサワリのような音は作品に欠かせないものですか。

琢磨:しかしクラックル音やグリッチなどの音は少々食傷気味ですね。ああいう粒子系の音は、最近のエクスペリメンタル・ミュージックのある種の傾向かもしれません。最近は、Pヴァインから再発されたライトニン・ホプキンスの『ライトニン・アンド・ザ・ブルース』と、マイケル・スモールの『The Parallax View』のサントラを聴いていました。ちなみに『Parallax View』のLP盤スリーブには、ジム(・オルーク)さんのコメントがついてますよ。話しが逸れましたが、そういう粒子系の音というのはテクスチャー生成に寄与しますし、ある意味では機能的な音です。そういう音楽的傾向や方法論とは無関係に、自分がイメージする音をどのように具体化するかを考えたいですね。粒子系の音はグラニュラーシンセで簡単につくれますが、手からこぼれ落ちる砂の音をマイクで録った方が、作品により適当な音になるかもしれません。本作に関して言えば、生楽器と電子音による不可分な合奏を考える過程で、そういった音の使用に着想したのではないかと。ただそれは、弦奏者の方々の解釈や多面的なアプローチによるところも大きいです。

顔ぶれを拝見するとうなずけます。

琢磨:特殊奏法や演奏記号も音楽史上のコンテクストから派生していますし、聴いてきた音楽や演奏者によって解釈に違いがでると思います。

そこまで含めた微細な表現が『ラストアフタヌーン』の聴きどころだと思います。

琢磨:今回はLPも出しましたが、ジム(・オルーク)さんに、マスタリングを手がけていただきました。

サウンドはたしかにジムさんのマスタリングの感じがありましたね。

琢磨:弦や曲のダイナミクスを保つのにマスターリミッターを最小限にしていたり、透徹したマスタリングにいまさらながらうなりましたよ。

最初のほうでももうしあげましたが、くりかえし聴けるアルバムだと思います。近年の活動が凝縮した作品とも思いましたが、『ラストアフタヌーン』は純粋な自作アルバムとしては2014年の『アンシクテット』以来なんですよね。

琢磨:そうですね。

サントラも何作かありますが。というより『アンシクテット』自体が琢磨さんの映画音楽制作の起点でもありましたよね。

琢磨:映画音楽のようなアルバムをつくるきっかけになったのも、映画音楽の仕事をはじめてからですし、映画音楽に携わるようになったのも、友人の自主制作映画が発端だったので、自発性はあまりないですね......。身近に起きる出来事を、自分なりにとらえていければと思います。

渡邊琢磨映像作品展『ラストアフターヌーン』

会 期 2021年10月23日(土)〜 10月31日(日)
時 間 10:00 〜 17:00
会 場 由布院アルテジオ(https://www.artegio.com/
住所/大分県由布市湯布院町川上1272-175
入場料 1,500円(企画展1,200円+常設展300円)
問合せ oitaartcollective@gmail.com

オープニングイベント
10月23日(土)同会場
開場/開演:14:30/15:00
出演:千葉広樹、渡邊琢磨
料金:2,500円

渡邊琢磨(音楽家)
宮城県仙台市出身。高校卒業後、米バークリー音楽大学へ留学。帰国後、国内外のアーティストと多岐に渡り活動。07年、デヴィッド・シルヴィアンのワールドツアー、28公演にバンドメンバーとして参加。自身の活動と並行して映画音楽を手がける。近年では、冨永昌敬監督『ローリング』(15)、吉田大八監督『美しい星』(17)、染谷将太監督『ブランク』(18)、ヤングポール監督『ゴーストマスター』(19)、岨手由貴子監督『あのこは貴族』(21)、横浜聡子監督『いとみち』(21)、堀江貴大監督『先生、私の隣に座っていただけませんか?』(21年9月公開予定)、ほか。https://www.takumawatanabe.com/

interview with KANDYTOWN (Neetz & KEIJU) - ele-king


KANDYTOWN
LOCAL SERVICE 2

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LOCAL SERVICE COMPLETE EDITION

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 東京・世田谷を拠点にするヒップホップ・コレクティヴ=KANDYTOWN。グループとしてはメジャーからこれまで2枚のアルバム(2016年『KANDYTOWN』、2019年『ADIVISORY』)をリリースし、さらにほとんどのメンバーがソロ作品をリリースする一方で、音楽のみならずファッションの分野でも様々なブランドとコラボレーションを行なうなど、実に多方面に活躍する彼ら。コロナ禍において、ほぼ全てのアーティストが活動を自粛せざるをえない状況であった2020年、彼らは『Stay Home Edition』と題したシリーズを自らの YouTube チャンネルにて開始して新曲を立て続けに発表し、多くのヒップホップ・ファン、音楽ファンへ勇気と活力を与えた。

 この『Stay Home Edition』で公開された3曲をブラッシュアップし、さらに3つの新曲を加えて2月14日にリリースされたEP「LOCAL SERVICE 2」。タイトルの通り、このEPは2年前の同日にリリースされた「LOCAL SERVICE」の続編であり、この2月14日という日付が KANDYTOWN のメンバーである YUSHI の命日ということを知っているファンも多いだろう。今回のインタヴューでは KANDYTOWN のメイン・プロデューサーである Neetz と昨年、アルバム『T.A.T.O.』にてメジャー・デビューを果たした KEIJU のふたりに参加してもらい、彼らにとって非常に大きな意味を持つ 2nd EP「LOCAL SERVICE 2」がどのような過程で作られていったのかを訊いてみた。

注:これまで配信のみでリリースされていたEP「LOCAL SERVICE」と「LOCAL SERVICE 2」だが、今年4月に初めてCD化され、2枚組のCD『LOCAL SERVICE COMPLETE EDITION』として〈ワーナー〉からリリースされる予定。

スタジオができたタイミングで緊急事態宣言が出て。こういう時期だから音楽を出してステイホームしている人に聴いてもらえたり、少しでも勇気づけられたらっていう感じで。それでみんなで集まって曲を作ったのがまず初めですね。(Neetz)

あの頃は人に全然会っていなかったので。みんなに会って「うわぁ楽しい!」ってなって〔……〕。浮かれちゃう自分に釘を刺すようなリリックをあそこで書いて、自分を引き留めたじゃないけど、いまだけを見て何か言ってもいいことないときもあるし。(KEIJU)

前回インタヴューさせていただいたのがアルバム『ADVISORY』のリリースのタイミングで。その後、コロナで大変なことになってしまったわけですが、やはり KANDYTOWN の活動への影響は大きかったですか?

KEIJU:NIKE AIR MAX 2090 にインスパイアされた楽曲の “PROGRESS” (2020年3月リリース)を作っていたときが、世の中が「やばい、やばい」ってなっていた時期で。自分たちも世間の皆様と同じように困ることもあったんですけど、人数が多いグループなので集まりづらいっていうのがいちばん大きくて。どうしても目立つ集団でもあるので、人目を気にして、外では会えなくなりました。けど、一昨年から、自分たち用のスタジオや事務所を用意するっていう動きをしていたのもあって。ちょうど去年の4月くらいに事務所とスタジオを借りて。それで音楽を作ろうってはじまったのが、今回出た「LOCAL SERVICE 2」にも繋がる『Stay Home Edition』で。

『Stay Home Edition』はどういったアイディアから来たものでしょうか?

Neetz:スタジオができたタイミングで緊急事態宣言が出て。こういう時期だから音楽を出してステイホームしている人に聴いてもらえたり、少しでも勇気づけられたらっていう感じで。それでみんなで集まって曲を作ったのがまず初めですね。

『Stay Home Edition』では結果的に3曲発表しましたが、あの順番で作られたんですか?

Neetz:そうですね。最初が “One More Dance” で、次が “Faithful”、“Dripsoul” という順で。

KEIJU:1ヵ月半とかのうちに全部曲を出し切って、それをEPとして完成させちゃおうって話になっていたところを〈ワーナー〉とも話をして。ちゃんと段取りをして、しっかりやろうっていうふうになったので(『Stay Home Edition』を)一旦止めて。

Neetz:どうせならちゃんとオリジナル・トラックで作って、まとめてEPとしてリリースにしようっていう話になって。

KEIJU:だから、ほんとは8月とかには曲もほぼできている状態だったんですよ。でも、〈ワーナー〉の人にも会えなくて、話し合いができなかったりもして。それにそのタイミングで出してもライヴもできないし。

では、リリースまでのタイミングまでにけっこう温めていた感じなんですね?

Neetz:そうですね。3月から5月にかけてレコーディングを全部終えて、そこから既に出ている3曲のトラックを差し替える作業をやって。ミキシングも自分のなかで時間がかかっちゃって。それで全部が終わったのが9月くらい。それなら「LOCAL SERVICE 2」として2・14に出そうっていうことになって。

いまおっしゃった通り、『Stay Home Edition』と今回のEPでは全く違うトラックになっていますが、『Stay Home Edition』のほうは Neetz くんのトラックだったのですか?

Neetz:ではなかった。だから、どうせなら全部変えてやろうっていう意気込みで俺独自の感じで作ったので、その色が強くなったのかなと思います。

改めて “One More Dance” がどのように作られていったのかを教えてください。

Neetz:IO が最初にオリジナルのトラックを持ってきて、フックを最初に入れて。Gottz と柊平(上杉柊平=Holly Q)がそのとき、スタジオにいたので、IO のフックを聴いて柊平と Gottz がそのフックのコンセプトに当てはめてリリックを書いていった感じですね。

KEIJU:自分が聞いた話では、IO くんと柊平が中目黒に新しい事務所の家具を買いに行った帰りにスタジオに寄って。「このまま曲を作ろうか?」って流れで作ったら Gottz が来て、それで3人で作ってったそうです。

完全にノリで作ったわけですね。

KEIJU:今回の『Stay Home Edition』はいちばん昔のノリに近かったかなってちょっと思ってて。突発的に「会って遊ぼうよ」から、なにかを残そうじゃないけど、ノリで「曲やろう!」ってなってできた感じだった。自分は結構「コロナ大変なことになってるな」と思っていましたし、自分のソロ・アルバムのこともあって、その時期はあんまりみんなに会わないようにしていたんですよ。だから、自分は客観的にみんなの動きを見てたんですけど、さっき LINE が飛び交っていたと思ったら、その5、6時間後には曲ができていたりして。そういうのが、すごく昔の感じだなって思いましたね。

Neetz:そうだね。KEIJU はみんなの動きを客観的に見てた側だったのかもしれない。

そういうこともあって、今回は KEIJU くんの参加曲が1曲なわけですね?

KEIJU:そうですね、参加曲が少ないのはそれが理由っすね。兄に子供ができたりもして、みんなとは会わないほうがいいと思って。

Neetz:KEIJU は KEIJU のスタンスを貫いてましたね。

KEIJU:みんなが新しい事務所に溜まっていて、自分は「いいなぁ、楽しそうだな」って感じで見てて。でもさすがに(EPを)出すっていうから、「参加したいです!」って言って参加させてもらった感じです。

ちなみに最初の3曲には IO くんと Holly Q が3曲とも参加していて、それってなかなか珍しいですよね? 特に IO くんは前回の「LOCAL SERVICE」には1曲も入ってなかったと思いますし。

KEIJU:最初の “One More Dance” を作った流れで自然と、その感じで2、3曲目も動けたんじゃないですかね。コロナのこのタイミングで出そうっていうイメージまでもって。

Neetz:それがみんなにも伝わったのがデカかった。

ちなみに『Stay Home Edition』で “One More Dance” の説明の欄にヘレン・ケラーの言葉が引用されていましたけど、あれは誰が考えたんでしょうか?

Neetz:あれも IO くんのチョイスですね。

曲自体はノリで作られたのかもしれないけど、そういう部分も含めてすごくメッセージ性がある曲だなと思いました。

KEIJU:作る過程で「こういう人に向けて、こういう曲を書いてみよう」みたいな話は若干あったんだと思います。

Neetz:“One More Dance” に関しては統一性がしっかり取れていて。より統一性を出すために、リリックを書き直してもらったりもしました。

たしかに『Stay Home Edition』とEPでは、若干リリックが違いましたよね。

Neetz:曖昧になっている部分を、曖昧にしないで具体的にしようかなって感じで柊平に直してもらって。

KEIJU:Neetz から言ったんだ? 柊平ってけっこう、自分の作ったものに対してのクオリティが保たれているかすごい気にするじゃん。「これで良いのかな?」って訊いてくるもんね。

Neetz:そういう人には言ってあげたほうが良いかなって。

『Stay Home Edition』のコメントを見ると Holly Q 人気が高いというか。あの3曲で改めて彼の評価が上がっていますよね。

KEIJU:“One More Dance” のラップも初めて聴いたとき、1個違うレベルというか、柊平の新しい面が見えたなって。いままでは全部出し切るっていう感じだったけど、ちょっと手前で止めるみたいな歌い方であったり。そういう新しさをすごく感じて。

俳優としてもすごく活躍されていて、テレビドラマとかにも出ていますけど、ちなみにメンバーはどういうふうに見ているんですか?

KEIJU:俺は率直にすごいと思うし、みんなそう思っていると思う。ポッと出ではないですし、19歳とかそのくらいからバイトをしながらモデルをやったり、事務所を変えたりっていう過程を見ているので。ただ、柊平が出ていると客観的に観れなくて、内容が入ってこなくなっちゃう(笑)。だから、あんまりがっつりは観ないんですけど、普通にできないことだなと思います。

Neetz:すごいなと思いますね。

その中で今回みたいにちゃんと曲にも参加しているのが凄いですね。

KEIJU:前回の『ADVISORY』のときも、柊平の撮影が忙しくて1ヵ月間いられなくなるってなって。けど、柊平が「入れないのは嫌だから」って言って、誰もまだリリックを書き出していない頃にひとりで書いて、3、4曲とか録って撮影に行ったんですよ。意欲が本当に凄くて。柊平のあのヴァイブスにみんなも感化されて、負けていられないから、自分もやろうってなったのは感じましたね。

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いつでも俺らは変わらないぜっていうのを示した曲になったと思います。KANDYTOWN のソウルフルで渋い感じの良さとか、昔ながらの感じを受け継いでいる、今回のEPの中でも唯一の曲だと思います。(Neetz)

「こうなりたい」とか「絶対こうあるべき」っていうのが自分たちにはなくて。とにかく自分たちが良いと思ったものとか、それに対する理由とかを、もっと深いところで話し合うことができたらなって思います。(KEIJU)


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EPの後半3曲は完全な新曲となるわけですけど、まず “Sunday Drive” は Ryohu くんがトラックを担当で。以前のインタヴューのときに KANDYTOWN の曲は基本 Neetz くんが作って、さらに Neetz くんが出していない部分を Ryohu くんが埋めるみたいなことは仰ってましたが、今回も同様に?

Neetz:そういう感じで作っていました。このEPの中の俺にはないような曲(“Sunday Drive”)を入れてきてくれたので、すごくバランスが良くなって。結果、Ryohu のビートがスパイスになっていますね。

“Sunday Drive” はおふたりともラップで参加していますが、トラックを聴いてどういう感じでリリックを書いたのでしょうか?

KEIJU:最初はもっとブーンバップというか、ベースが効いてるヒップホップなビートだったけど、最終的には最新っぽさも足されたものが返ってきて。ビートを聴かせてもらったときに、「これだったらいますぐリリックを書こうかな」って。そのとき、一緒にいたっけ?

Neetz:一緒にいたな。

KEIJU:リリックを一緒に書いて、「どうしようか?」ってなって。

Neetz:それで、KEIJU が伝説の2小節を入れて。

KEIJU:伝説の2小節からはじまったけど、タイトルが “Sunday Drive” になって「アレ?」ってなった(笑)。「俺の伝説の2小節は?」って。それでその2小節はやめて、新たにフックを書いて。

Neetz:まとまっていないようでまとまってる。いつもの俺らですね。

(笑)

KEIJU:俺はとにかく、あの頃は人に全然会っていなかったので。みんなに会って「うわぁ楽しい!」ってなって、その思いが全部出ているような恥ずかしい感じのリリックになっちゃって。サビも書いてって言われていたから、メロディーとかも考えながら、「ああじゃない、こうじゃない」を繰り返していて。高揚している自分と地に足付けるバランスの中で、あのリリックとフロウが出てきて。浮かれちゃう自分に釘を刺すようなリリックをあそこで書いて、自分を引き留めたじゃないけど、いまだけを見て何か言ってもいいことないときもあるし。でも、サビはすぐできたよね?

Neetz:そうだね。

KEIJU:4小節自分で書いたものを Dony(Joint)と Neetz、MASATO に歌ってもらって。

Neetz:結果、みんな自分に向かって書くようなリリックになって。

KEIJU:渋い曲になったよね。

ビートへのラップの乗せ方もすごく気持ち良いです。

Neetz:そうですね。EPのなかでいちばんリズミカルな感じになっていて。4曲目でそれが出てくることによって、すごく映えるようになってる。

あと曲の最後のほうに「届けるぜローカルなサービス」ってラインがありますが、この時点でタイトルを「LOCAL SERVICE 2」にするっていうのはあったんですか?

Neetz:まだですね。MASATO がたまたまそのワードを入れて。EPのタイトルは完全に後付けです。

次の “Coming Home” ですけど、これは Gottz&MUD のコンビを指名したんですか?

Neetz:本当は Gottz&MUD のアルバム用に作ったビートで、それに入る感じだったんだけど。コンセプト的にも今回のEPに入れたほうが良いかなってなって。MUD にワンヴァース目をやってもらって、Gottz も書いてくれたけども。(今回のEPに) KEIJU のヴァースが少なすぎるってなって、KEIJU も入れようと思ったけど……。

KEIJU:まあ、そういうことがあったんですけど、良い曲だなって。

あのふたり用に作った曲っていうのは伝わってくるようなトラックですよね。

KEIJU:それに、なんかあのふたりのセットを(ファンが)求めている流れもありますから。そういうこともあって自分は身を引こうと思って。

最後の曲の “Sky” ですが、リリックもトラックも KANDYTOWN そのものを表している感じがしますね。

Neetz:いつでも俺らは変わらないぜっていうのを示した曲になったと思います。KANDYTOWN のソウルフルで渋い感じの良さとか、昔ながらの感じを受け継いでいる、今回のEPの中でも唯一の曲だと思います。

この曲で言っていることがまさにいまの KANDYTOWN のスタンスにも感じますね。

Neetz:そうですね。変わらずあり続けるのもそうだし、この仲間とやっていくことがすごく大事だと思うし。そういうスタンスでこれからもやっていけたらなって思いますね。

ちなみに、客観的に見てどの曲が好きですか?

Neetz:トラック的に上手くできたのは3曲目(“Dripsoul”)。

KEIJU:俺はやっぱ、最初に聴いたときの “One More Dance” のインパクトが強くて。IO くんがああいうメロディーをつけるときのモードがあるじゃない?

Neetz:たしかに、たしかに。

KEIJU:そのメロディーが聴こえたからすごく印象に残っている。

覚悟みたいなものですかね?

KEIJU:そう、覚悟があるなって感じて。あと、好きな曲というと、自分が入っている曲(“Sunday Drive”)は制作現場にいて、みんなの雰囲気とかも含めてすごく良かったと思うし。それに対して自分はスムースで昔っぽさもある感じにできたので、“Sunday Drive” は良いなと思う。サビの掛け合いとかもしばらくはやっていなかったので、「一緒にリリックを書くのも良いよね」って話をしながらやったのも憶えているし、結構楽しかったよね。

Neetz:久々に楽しかった。

久々にみんなが会うというのは、やなり何か違うものがありますか?

KEIJU:それはもう、だいぶ違いましたね。あのときってみんな寂しくてとかじゃないけど、「うわぁ、浮足立つなぁ」って。言わなくてもいいことを言っちゃいそうだなみたいな。しかもそれをリリックに書いちゃいそうなくらい、普段は言わないことを言おうとしちゃう。それが嫌だなって部分もあったんですけど。

Neetz:若干どんよりしたというか。そういう雰囲気だった気もするけど。違う?

KEIJU:それもあったかもね。この先どうなるか分からないし。俺とか本当にコロナを気にしていたので、みんなに「手洗った?」ってすぐ訊くような勢いだったんで。

それだけ人数いれば、人によって考え方も全然違いますしね。

KEIJU:あの活動(『Stay Home Editon』)がはじまったときに、「はじまったそばから、すげぇやってるな?!」とか思いながら。俺は羨ましくもあり、みんなに会いてぇなっていうのもあったし。置いてけぼり感もすごくあった。いま思うとそんなに(以前と)変わりないと思うんだけど、久しぶりに会ったときは違ったね。

KANDYTOWN の次の作品に向けてもすでに始動していると思いますが、現時点でどのような感じになりそうでしょうか?

Neetz:とりあえず、ビート作りははじまっていて。このEPの音作りは俺独自で進めたので、次の作品に関してはもっとみんなの意見を取り入れたものを作れたらいいなと思ってます。あと、「KANDYTOWN に合うサウンドとは?」っていうのをめちゃくちゃ考えていて。「それって何だろう?」って考えてたときに、昔のソウルフルな感じであったり、1枚目(『KANDYTOWN』)の感じの音なのかなって思ったりもするし。まだ答えは分かってないんですけど。

KEIJU:さっきふたりで車の中で話をしていて。もっと幅を広げたり、Neetz の言うように昔のソウルフルなスタイルで続けていくのも良いよねって。やれる範囲で幅を広げていこうって話をしてはいて。ビートのチョイスもいままでやっていなかったこともやってみようって。

Neetz:結果的にそれが KANDYTOWN のサウンドになるので。

KEIJU:そう。自分たちのこれまでの活動の中でも、それまでやらなかったビートをチョイスしてやってきて、それでちょっとずつ進化している。昔、YouTube にもアップした “IT'z REVL” って曲とか、当時は自分たちの中ではすごく新しいチョイスで、新しい感覚だと思ってやってたし。少しずつ、そういう変化を上手く出せていけたらいいなって思う。あと、「こうなりたい」とか「絶対こうあるべき」っていうのが自分たちにはなくて。とにかく自分たちが良いと思ったものとか、それに対する理由とかを、もっと深いところで話し合うことができたらなって思います。そうやって、深い部分で切磋琢磨していけたら、新しいものが生まれるなって思っているので。

メンバー間のコミュニケーションの部分などで何か以前と変化はあったりしますか?

KEIJU:最近はコミュニケーションを高めていて。自分らは最近野球をやっているんですけど。(インタヴューに同行していた)DJの Minnesotah はバスケをやっていて。KANDYTOWN の中でもバスケと野球とサッカーってチームが分かれているんですけど、そういう感じで集まれる時間を増やしていこうよって話をしていて。それが音楽に直結するわけではないですけど、日々の言葉のキャッチボール的なことができればなと思ってて。そうすることで、これからの KANDYTOWN の作品が、もっと密なものになればいいなって思いますね。

KANDYTOWN
2nd EP「LOCAL SERVICE 2」より
“One More Dance” の MUSIC VIDEO 公開

国内屈指のヒップホップクルー KANDYTOWN が本日2月14日配信の 2nd EP「LOCAL SERVICE 2」より、
先行配信トラック “One More Dance” の MUSIC VIDEO を公開。この映像は前作 “PROGRESS” に引き続き盟友:山田健人が手掛ける。楽曲に参加している IO、Gottz、Holly Q、Neetz に加えクルーから Ryohu、Minnesotah、KEIJU、Dony Joint、Weelow がカメオ出演。

2月14日より配信となった 2nd EP は2020年の4月・5月の Stay Home 期間中に公開された楽曲3曲を再度レコーディングしリアレンジしたものに新曲3曲を収録。楽曲のレコーディングやプロデュースをメンバーの Neetz が担当。海外作家との共作やアレンジャー起用して作られたトラックなど意欲作が並ぶ。

そして、4月21日には、配信リリースされていた2019年2月14日発売の 1st EP「LOCAL SERVICE」と2021年2月14日発売の 2nd EP「LOCAL SERVICE 2」の両作品を2000枚限定で初CD化し1枚にコンパイル。
DISC 1 の「LOCAL SERVICE」は過去に限定でレコードのリリースはあったがCD化は初となる。

“One More Dance” MUSIC VIDEO
https://youtu.be/iY340Z3BTdA

2nd EP「LOCAL SERVICE 2」& 限定生産2CD EP『LOCAL SERVICE COMPLETE EDITION』
https://kandytown.lnk.to/localsevice2

[MJSIC VIDEO CREDIT]
KANDYTOWN LIFE PRESENTS
FROM""LOCAL SERVICE 2""
『One More Dance』

Director : Kento Yamada
Director of Photography : Tomoyuki Kawakami
Camera Assistant : Kohei Shimazu
Steadicam Operator : Takuma Iwata

Lighting Director : Takuma Saeki
Light Assistant : Hajime Ogura

Production Design : Chihiro Matsumoto

Animal Production : SHONAN-ANIMAL

Editor & Title Design : Monaco

Colorlist : Masahiro Ishiyama

Producer : Taro Mikami, Keisuke Homan
Production Manager : Miki SaKurai、Rei Sakai、Shosuke Mori
Production Support: Wataru Watanabe, Yohei Fujii

Production: CEKAI / OVERA

STARRING
IO
Gottz
Holly Q

Ryohu
Minnesotah
KEIJU
Dony Joint
Neetz
Weelow
Kaz

[KANDYTOWN 2nd EP「LOCAL SERVICE 2」作品情報]
title:「LOCAL SERVICE 2」
release date:2021.02.14
price:¥1,400 (without tax)

track list
1. Faithful (Lyric:IO, Ryohu, Neetz, Holly Q, DIAN Music : Neetz)
2. One More Dance (Lyric:IO, Gottz, Holly Q Music : Neetz)
3. Dripsoul (Lyric :IO, Ryohu, Gottz, Holly Q Music : Neetz)
4. Sunday Drive (Lyric : Dony Joint, KEIJU, Neetz, MASATO Music : Ryohu)
5. Coming Home (Lyric : MUD, Gottz Music : Neetz)
6. Sky (Lyric: BSC, Ryohu, MUD, DIAN Music : Neetz)

Produced by KANDYTOWN LIFE
Recorded & Mixed by Neetz at Studio 991
Masterd by Joe LaPorta at Sterling Sound 
Sound Produce: Neetz (M-1,2,3,5,6), Ryohu (M-4)
Additional Arrange: Yaffle (M-2)
Art Direction: IO, Takuya Kamioka

[限定生産2CD EP「LOCAL SERVICE COMPLETE EDITION」作品情報]
title:「LOCAL SERVICE COMPLETE EDITION」
release date:2021.04.21
price:¥2,500 (without tax)

track list (DISC1)

「LOCAL SERVICE」
1. Prove (Lyric: Gottz, KEIJU, MUD Music: Neetz)
2. Till I Die (Lyric: Ryohu, MASATO, BSC Music: Neetz)
3. Explore (Lyric: Gottz, MUD, Holly Q Music: Neetz)
4. Regency (Lyric: MASATO, Ryohu, KIKUMARU Music: Neetz)
5. Fluxus (Lyric: Neetz, DIAN, Dony Joint Music: Neetz)
6. Kapital (Lyric: BSC, KIKUMARU, Dony Joint, DIAN, Ryohu Music: Neetz)

Produced by KANDYTOWN LIFE
Recorded & Mixed by The Anticipation Illicit Tsuboi at RDS Toritsudai
Masterd by Rick Essig at REM Sound
Sound Produce: Neetz
Additional Arrange: KEM
Art Direction: IO, Takuya Kamioka

track list (DISC2)
「LOCAL SERVICE 2」
1. Faithful (Lyric:IO, Ryohu, Neetz, Holly Q, DIAN Music : Neetz)
2. One More Dance (Lyric:IO, Gottz, Holly Q Music : Neetz)
3. Dripsoul (Lyric :IO, Ryohu, Gottz, Holly Q Music : Neetz)
4. Sunday Drive (Lyric : Dony Joint, KEIJU, Neetz, MASATO Music : Ryohu)
5. Coming Home (Lyric : MUD, Gottz Music : Neetz)
6. Sky (Lyric: BSC, Ryohu, MUD, DIAN Music : Neetz)

Produced by KANDYTOWN LIFE
Recorded & Mixed by Neetz at Studio 991
Masterd by Joe LaPorta at Stearing Sound
Sound Produce: Neetz (M-1,2,3,5,6), Ryohu (M-4)
Additional Arrange: Yaffle (M-2)
Art Direction: IO, Takuya Kamioka

interview with Takuma Watanabe - ele-king

 その端緒をひらいた2014年のソロ作『Ansiktet』の時点では、2010年代後半が映画と音楽の関係の再考に費やされるとは、本人に確証があったかどうかはいささかあやしいが、渡邊琢磨はその1年後の冨永昌敬監督の『ローリング』、2年後には吉田大八監督の『美しい星』などの劇場公開作品の音楽を手がけ、盟友染谷将太監督とは実験的な作風にとりくみ、今年ついにみずからメガフォンをとり、染谷将太と川瀬陽太、佐津川愛美が出演する『ECTO』を完成させるにいたった。同作は今年5月に委嘱元である水戸芸術館で、晩夏には山口県のYCAMの爆音映画祭でも、規模はことなるが弦楽器の伴奏つきの上演を行っている。もうしおくれたが、渡邊琢磨の『ECTO』は映画の上映と生演奏がひとつとなってはじめて作品となる舞台芸術的映画作品で、革新的な方法論もさることながら映画なる形式へのエモーショナルな自己言及によって画期的な作品にしあがった、その完成から間を置かずして、というより余勢を駆ったか、渡邊琢磨はさらに映画に広く深くかかわろうとしている。
 そのことは処女作となる映画作品と同名のレーベル〈ECTO Ltd.〉の始動にもうかがえる。またしてももうしおくれましたが、“ECTO”とは超常現象愛好家にはおなじみのあのエクトプラズムのエクトであり、ギリシャ語の「外」を意味するこのことばをレーベル名に冠した渡邊琢磨の胸中には、映画の内にありながら映像に外として付随する音楽の浮動する特異な位置を多角的にとらえんとする野心がうかがえる。とともに、音楽のみならず音をめぐるテクノロジーと価値観すなわち環境の変化が映画にいかに循環するのか、あるいはその逆は? との問いかけをふくみ、そのことはベルが鳴り客電が落ちた劇場の暗がりでおぼえる胸の高鳴りによく似たものを呼びおこす。
 サウンドトラック盤『ゴーストマスター』はECTOレーベルの第一弾である。青春群像恋愛SFホラー活劇とでも呼ぶべきヤング・ポール監督の同名作は幾多の形式と手法と記号と技法をDIY風に融合した秀作だが、それゆえに音楽にもとめられる要求にも幅があったという。音楽を担当した渡邊琢磨の苦闘ぶりは本文をご参照いただきたいが、取材の後日仙台から郵送されてきたサントラ盤に耳を傾けながら本編で聴いたのとも印象をことにする音楽のあり方にうたれたとき、私は渡邊琢磨の新たな試みの意義をあらためて認識した。すなわち、映画とは、音楽とは、映画音楽とはなにか、との問いである。

映画がなければ存在しえなかった音楽の傾向はあるかもしれませんね。フィルムスコアリングのあり方が音に反映されている作品は多々あると思うので、映画のなかでしか聴けない音楽は、たとえばそれがオーケストレーションありきの音楽でなくとも電子音楽でもあると思います。

映画音楽を中心にするレーベル〈ECTO Ltd.〉を発足させたんですよね。

渡邊:染谷(将太)くんが監督した『ブランク』(2017年)という映画があって、そのサントラをリリースするさい、ミックスダウンと部分的に録音もやり直して、アンビエントにつくり変えたんですけど、それが映画音楽の副産物として面白いなと。レコードのセールス的に映画音楽は少々厳しいかもしれませんが、メディアとして再利用するのはおもしろいのではないかと。それがレーベル〈ECTO Ltd.〉をはじめる発端でもあり、今回のサントラのリリースのきっかけでもあります。

野田:『ゴーストマスター』のジャケットをちょっとみせてもらいましたよ。鈴木(聖)くんがデザインしているじゃない。

渡邊:そうですね。じつは〈ECTO Ltd.〉のレーベル・ロゴも聖くんがつくってくれました。

その〈ECTO Ltd.〉レーベル第一弾が2019年12月に公開した映画『ゴーストマスター』のサントラだと。すでに2作目以降も決まっているんですよね。

渡邊:染谷くんが監督し、菊地凛子さんが脚本を書いた短編作品の音楽を担当したのですが、本編20分弱の間、音楽がずっと鳴り続けていて、モジュラーシンセを使ったりドローンになったり、音楽的にも発見がいろいろあったので、権利的な問題がクリアになれば、同作のサントラを出したいと思っています。

冨永昌敬監督の『ローリング』(2015年)、吉田大八監督の『美しい星』(2017年)、染谷監督の『ブランク』、今年上演(映)した作品としての『ECTO』もそうですが、琢磨さんはこの数年映画と音楽についてかなり意識的にかかわってきました。サウンドトラックというメディアの現状についてはどう考えていますか。

野田:最近じゃOPNなんかもサントラ(『Good Times』『Uncut Gems』)を手がけているよね。

渡邊:ダニエル・ロパティンのようなアーティストがサントラやるような状況って昔はそんなになかったと思うんですね。歌唱入りのテーマ曲をバンドやミュージシャンが担当するなどはありましたが、劇判をジョニー・グリーンウッドとかトレントレズナーとか、トム・ヨークもそうですし──

ムームのヒドゥル・グドナドッティルとかね。

渡邊:そうですね。彼女が手がけた『チェルノブイリ』(HBO制作のドラマ)の音楽は素晴らしかったです。最近、音楽好きな映画監督がミュージシャンに直談判するような状況も顕著になってきましたし、映画音楽すなわち職業作家だけの仕事という時代でもない。バジェットいかんにかかわらず、監督や制作部とのコミュニケーションから音楽を着想することも多々ありますし、ミュージシャンが可能性を追求できる現場でもあると思います。

野田:染谷さんと菊地凛子さんは芸術的な野心をすごくもっているじゃない。あれだけメインストリームにいながら彼女もアンダーグラウンドにたいする嗅覚もある。

渡邊:そうですね。凛子さんはこのところ、染谷監督作品の脚本も書いていますが、ご自身の直感と趣向をそれとなく仕事にとりこんでしまう、その才覚がすごいです。海外では女優のマーゴット・ロビーや、ブラッド・ピットなどが独自のプロダクションをたちあげて大作を製作していますが、表方も裏方も手がける人が増えてきました。凛子さんはハリウッドでも仕事をしているし、そういった考え方があってもぜんぜん不思議ではない。

彼らが制作に関与できる状況があるということですね。

渡邊:ブラッド・ピットが運営する製作会社〈PLAN B〉もそうですが、〈A24〉や〈Oscilloscope〉のような独立系製作会社が2000年以降増えました。最近はポスプロ(ポストプロダクション)なども、映画監督自身が編集ソフトを使って作業することもありますが、以前は分業というか、編集は編集マンにお願いするのが慣例だったと思います。それがいまやラップトップ一台で完結できてしまう。映画は一人で作るものではないので、相対的に考えると良し悪しありますが、テクノロジーの発展とともに映画制作の状況も変わってきましたね。

職域がゆらいでいる現状がある。

渡邊:私的にシンギュラリティに関心はありませんが、AIの問題なども含まれるかもですね。AIが実装されているツールが出回ることで職域問題のバイアスが多少なりともかわるかもしれない。音楽制作においてもマスタリングやミックスをAIが行うツールがありますし、自己完結できる部分はどんどん増えている。

映画音楽に特化した、あるいは関連したといってもいいかもしれませんが、そのようなレーベルの構想はいつから?

渡邊:じつはここ最近──なのです(笑)。基本サウンドトラックのリリースは映画の制作会社や委員会の意向に沿って決めるのですが、インディペンデント映画やショートフィルムの場合、サントラがリリースされることがまれだったりするので、監督や制作サイドにサントラの音盤化のご提案をして、話しがまとまればリリースするという感じです。

いまの予定ではサウンドトラックとその二次利用作品ということなんですか。

渡邊:あるいは映像作家自身がつくる音楽、音響作品ですとか。効果音のスタッフの仕事にフォーカスしたものとか。ECMでも、ゴダールの映画の音だけがパッケージされたアルバムがありましたよね。そういう傾向の作品も含め(映像や映画の)音全般をあつかっていくということです。

しかしよく考えると、サウンドトラック盤が存在する映画の基準って、音楽のよさ以外になにかあるんですか。いまはサントラはあまり出ませんが、中古市場ではサントラもひとつのジャンルを形成するほどの分量があって、掘っていくとけっこうマイナーな作品のサントラもありますよね。

渡邊:映画音楽の仕事に携わってわかったことですが、音楽コンテンツのとりあつかいが漠然としているケースもありまして、映画の最終行程であるダビング作業の後に、劇伴の出版管理ほか、本編における音楽の使用箇所を記載する「Qシート」を提出するなどの話しになるのですが、映画の公開からだいぶ時間が経って詳細な連絡をいただくことも多々ありまして。映画は制作行程が複雑ですし、音楽以外にも事後クリアしなければならない作業や問題も少なくありません。ただ、映画が公開されてから時間が空いてしまうと、作業内容もあやふやになってくるので、それなら劇伴が出揃った段、もしくはダビング作業直後にプロデューサーもしくは製作会社の担当者に出版の意向などをおうかがいし、所定の管理団体がない場合は、こちらでお預かりすることもできますとご提案しておくのもよいかなと。それから、サウンドトラックをリリースすると、今回の記事のようにパブリシティ効果も期待できるかもしれない。勝手がよいレーベルがあればマーチャンダイズとしてサウンドトラックをつくることも容易ですし。映画作品のPR、掲載メディアも横断的になるというか、音楽の観点から映画をとりあげるのも面白いのではないかと。あわせて、監督からサウンドトラック盤をつくりたいという要望が出る場合もあります。監督は個々の行程に思い入れがありますし、若い世代の監督にはクラブミュージックからサントラまで雑多に音楽好きな方もいます。

映画音楽をメディアとして再利用するのはおもしろいのではないかと。それがレーベル〈ECTO〉をはじめる発端でもあり、今回のサントラのリリースのきっかけでもあります。

『ゴーストマスター』のヤング・ポール監督は若い世代に入りますよね。これが処女作ですね。拝見しましたが、いい感じで──

渡邊:とっちらかってますよね(笑)。

(笑)やりたいこといろいろやった感がありますね。

渡邊:初長編作らしい大変、野心的な映画です。

『ゴーストマスター』の音楽はどのような取り組み方だったんですか。

渡邊:本作は恋愛映画の撮影現場が次第にホラーに転じていくという映画内映画の要素があります。キラキラ恋愛映画を撮っているのだけど、とにかく撮影現場が滞る。キャストもダダをこねるし、監督も投げやりで、プロデューサーもうまくとりもってくれない。三浦貴大くん演じる主人公のダメダメ助監督は、本心ではホラー映画を監督したい野心があります。その思いと現場のストレスがピークに達したとき、恋愛映画の台本がホラー映画にトランスフォームするということなのか、とにかく惨劇の現場と化していくわけです。脚本を担当された、楠野一郎さんは大御所ですが、何とも不可思議でブラックな喜劇性をもあわせもつ恋愛ホラーをお書きになられた。本を読んだ直後は一筋縄ではいかないと思い、じゃっかん身構えました(笑)ホラーとはいえ根底に恋愛映画が通底していて、そこにも監督の演出意図があるので、表層とメタ構造になっている下部の映画の選択肢、要するにホラーなのか恋愛なのかを場面毎に問われる作品でした。

判断するにあたっての基準や、要素から導き出せる正答みたいなものはあったんですか。

渡邊:それがないんですよ(笑)。正解がみえてこない。ホラーのシーンで恋愛映画のテーマを当てても、そういう演出に思えてきますし。

形式にたいする批評として成立しますからね。

渡邊:そうなんですよ。しかも映画制作それ自体を扱うという点では、監督のルサンチマンとはいいませんけど(笑)、ポール監督ご自身のいろんな現場の実感にも由来していると思いますので、そういう裏返った自我の面白さも反映したいなと思いまして。

いつごろからはじまったんですか。

渡邊:去年(2018年)には作業していたはずなので、ポスプロも含め1年はかかったかなと。

ヤング・ポール監督は琢磨さんの音楽をすでにご存じだったんですね。

渡邊:本作のプロデューサーの1人である、木滝(和幸)さんは、冨永昌敬監督の『ローリング』も手がけていまして、ポール監督も『ローリング』をご覧になっていたらしく、渡邊さんならということで、お話自体はだいぶ前にいただきました。企画の概要的に、最初はホラー映画とうかがっていたので、恋愛映画が作中どういうふうに機能するかわかっていなかったのですが、初稿をいただいた段で映画の構造的に重要なパートだとわかってきました。私的には、ホラーの音楽をやってみたいという思いがかねてよりあったので、音楽作業の開始当初はもっとホラー然とした劇伴をつくっていたのですが、何曲投げても監督が首を縦にふらないので、再度ミーティングしたところ、ホラーと恋愛のどちらかに寄るのではなく、双方の要素を折衷したいということで、ようやくニュアンスがつかめてきました。

でも音楽の面からいうと微妙ですよね。さきほどもうしましたように、どのようなものでもそのように聞こうとすればそう聞こえる。やりすぎると記号になるし、中庸でいいことでもないような気もする。あるいはジャンル映画風ということなのか。

渡邊:そうですね。だから正解が見えにくいというか、結局、画と音を合わせたときのフィーリングというか、理詰めではないですね。『ゴーストマスター』には、セルフパロディー化しているような登場人物も多々出てきて喜劇的な立ち振る舞いをするのですが、キャラクター自身はマジなので、滑稽でも泣けてくるという(笑)、そういうポール監督の演出の妙と、それを体現してしまうキャストの方々の絶妙さには脱帽しました。そういう異化効果的なバランスにはとてもシンパシーを感じたので、監督と意見が対立するということではなく、もうひと捻りできるかどうかを監督と熟慮しました。

けっこう音楽ついていますよね。

渡邊:それなりに量はありますね。

しかも映像でもスローやCGなどの特殊効果場面の音楽もありますよね。これは一概にはいえないかもしれませんが、その場合はホラーと恋愛の二項のほかにも撮影方法や、オマージュしている作品も加味しなければならないのではなかと思いました。

渡邊:トビー・フーパーですとか監督の名前や作品に言及する場面もありますからね。あわせて、旧来の映画音楽的な要素も欲しいという要望が監督からありましたし。それは職能でカヴァーすればよいのですが、音楽が著しく演出に影響してしまうので慎重につくりました。『ゴーストマスター』が面白いのは、意味不明なシーンや謎の伏線が回収されることなく、そのまま放置されるところです(笑)。屋上をみんなで歩いていくシーンとか。突如、ふりつけをしたかのような動きで人々が屋上を歩き出す、一体なんなのと(笑)、監督に演出意図をうかがっても、よくわからないとかおっしゃるし(笑)、そういうナゾのシーンが多々あるのが面白い。

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キップ・ハンラハンと仕事をしたときのレコーディングで弦楽四重奏を起用しましたが、なにもかも試してみたくなるんですね(笑)。バルトーク風だったりリゲティ風だったり印象派っぽいのとか、そういうみようみまねのトライアンドエラーの実践を現場でくりかえすうちに、旧来的な分業システムではつくられない、作家性の濃い付随音楽もできたりするわけで、それはそれで面白いなと。

話は変わりますが、冒頭でも話に出たミュージシャンで映画音楽を手がけるひとたちについて琢磨さんは同じ立場としてどう思われますか。ジョニー・グリーンウッドはもちろん、ダニエル・ロパティンも。彼らはグリーンウッドならPTA(ポール・トーマス・アンダーソン)、ロパティンならサフディ兄弟というふうに監督とのコンビネーションもあります。その点もふくめて、琢磨さんは映画音楽の現状をどうみておられますか。

渡邊:ポール・トーマス・アンダーソンとジョニー・グリーンウッドのコラボレーションについては、なりゆきがわからないので言及できませんが、その点は措いたうえで、グリーンウッドが手がける映画音楽には弦楽が採用されていたり、室内楽的な要素もあったりしますよね。その点を考慮すると、PTAがグリーンウッドを起用したのは別段レディオヘッドのメンバーだからとか、ギターのサウンドが使いたいとか、そういう表面的な事由ではないわけで、逆にいえばグリーンウッドの音楽性、資質をよく理解していたからこそ、弦楽や管楽の劇伴を発注できた、あるいはグリーンウッドのアイディアを採用したということではないかと思います。OPNは、サフディ兄弟との2作目は、ダニエル・ロパティン名義でしたが、初コラボの際は、イギーポップとのコラボを除けば、OPNがそれまで積み上げてきた作風から、さほど逸脱しない音楽を監督も求めている感じでしたね。だから、ジョニー・グリーンウッドの場合は、そもそも弦楽器をフルで使う音楽をつくりたくて、その欲求とポール・トーマス・アンダーソンの映画が邂逅した感じではないかと。音楽家にとっていい実験の場ができたというか。『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』(2007年)が彼らのはじめてのタッグだったと思いますが、現代音楽のありとあらゆる書法を使っていますよね。僕もキップ・ハンラハンと最初に仕事をしたときのレコーディングで弦楽四重奏を起用しましたが、なにもかも試してみたくなるんですよね(笑)。バルトーク風だったりリゲティ風だったり印象派っぽいのとか、そういった欲張りな感じがどっと出る。でも、そういうある種のアマチュア精神というか、みようみまねのトライアンドエラーの実践を現場でくりかえすうちに、旧来的な作曲は作曲家、編曲は編曲家というような分業システムではつくられない、作家性の濃い付随音楽もできたりするわけで、それはそれで面白いなと。その点、ジョニー・グリーンウッドは音のイメージがちゃんとありますよね。同時に音楽史上の参照点も分かりやすい。

気軽に生の弦は使えないものね。

渡邊:とくに弦は束になると非日常的な音像になるじゃないですか。それをそれなりの予算で使えるとなったときの欲望ってすごいわけですよ。私的にはそうそうあるわけじゃないですけど。PTAも音楽が好きなひとだからグリーンウッドに弦を書いてもらいというディレクションと、作曲者の状況や意思がうまい具合に化学反応を起こしたんだろうなと思います。それ以来ふたりのコラボレーションはつづいていますよね。最近はジョニー・グリーンウッドがやっている音楽をポール・トーマス・アンダーソンがドキュメントしてたりもするし。

それだけいい組み合わせだと本人たちも思っているということかもしれないですね。

渡邊:個人的には、PTAはヘイムとかフィオナ・アップルとか女性アーティストのMVなどを手がけているときの方がしっくりきますけどね。好みの女性アーティストばかり撮っているというか(笑)。

ジョニー・グリーンウッドやダニエル・ロパティンが映画音楽に進出してきているのは象徴的というか、琢磨さんが映画と音楽に関心をもつのもわかります。

渡邊:去年は私的に(映画を)監督し、編集もみようみまねで手がける過程で、映像と音の相対的な発見が多々ありました。過去に仕事をした映画監督、たとえば、冨永監督などは棒つなぎ(仮編集)などは、もしかしたら編集マンがやるのかもしれませんが、その後、冨永くん自身で再度編集や微調をすると、途端に冨永ワールドが立ち現れる。その点では音楽とも似ていますよね。そういう編集のリズム感、グルーヴ感をもっている監督は多々おられます。そういったことも念頭に、私的に映像編集をおこなった際は、完全に音楽的な感覚で切ったり繋いだりしていました。今後、ポストプロダクションを自身で手がける映画監督や映像作家も増えていくでしょうし、逆に、映画監督が音楽にかかわるあり方も変化していくのではないかと思います。サフディ兄弟の映画音楽にしても、タンジェリン・ドリームのようなシンセを駆使した映画音楽を参照しているのは間違いないですし、『神様なんかくそくらえ』(2014年)では冨田勲さんや、それこそタンジェリン・ドリームを使っています。アナログ・シンセサイザーが効果的に使われた70年代後期から80年代全般の映画のムードや質感が好きなんだろうなと思いますし、OPNもその辺の映画に通底する質感は熟知しているでしょう。そうやって1本組んで、前時代的なオマージュだとかリファレンスありきのシネフィル的な趣向を超えて、両者の協働のあり方が新作『Uncut Gems』に結実したのかもしれない。『Good Times』もそうでしたが、ロパティンの映画音楽はかつてのタンジェリン・ドリームやヴァンゲリスのようなエレクトリックワールドな演出とはちがうわけですよ。映像と音の親和性がカメラワークに由来していたり、編集のスピード(これは速い場合もハイスピードのように極端に遅い場合もです)が、現行の電子音楽と相性が良いような気がします。そういう撮影などの技術革新などもあって、映画と音の新たな関係性の土壌ができたのだと思います。ハーモニー・コリンもそうでしたし、『魂のゆくえ』(ポール・シュレイダー監督、2017年公開)でもラストモードが音楽をやっていたりだとか、かつてないような映像と音のインタラクションが増えてきていると思います。過去の仕事の概念からいったらほとんど効果音のような音も劇伴という括りで捉えていますし。ポール・シュレイダーのような巨匠がドローンのような音楽を非常に効果的に使っているというだけでも興奮しますよ。

現代の映画音楽の文脈的に、90年代以降の映画音楽らしさは「低音」なんだと思います。じっさいIMAXやドルビーアトモスなんかの売りもそこですし、それはジョージ・ルーカスがTHXを始動したときからつづいてきたことでもある。そんなことをふまえると、そろそろ反動で高音が流行るんじゃないかと(笑)!

レーベルの設立文で、〈ECTO Ltd.〉での活動の視野にはサウンドデザイン的な表現も入ってくると述べられていましたが、それはそのような認識からくるものですか。

渡邊:あの文章は自分の仕事に対する戒め的な側面もあるのですが(笑)、じっさいにそうだとは思います。オーディエンスの観点からしても、映画をみているときの体感として、いまやIMAXやドルビーのような典型があるわけじゃないですか。90年代初頭から現在のハリウッドライクなというか、ルーカスのTHXが主導する音響技術が定着していったと思うのですが、つくり手からすると、あの重低音やアタック音は少々食傷気味です。ある特色をもつ技術革新が進むと、最初のうちは物珍しさも手伝って、多くの人が追従する音楽をつくるのですが、二番煎じが昂じると、自分はそれをやらないぞというムーヴメントが反動的に起こります。個人的な見解だと、劇伴における重低音を個性的に推し進めたのが、ヨハン・ヨハンセンが手がけた、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督『ボーダーライン』(2015年)のサントラで、あのグリスアップを多用した弦と打楽器の音像は、一頃のアクション映画の代名詞になっていると思います。とにかくコンバスやチェロをひとまとめにしてグリスアップすれば「いま」っぽい(笑)。映画音楽には、そういう流行り廃りの面白さがあるんですよ、映画音楽のなかの音色傾向といいますか。

ムームのヒドゥル・グドナドッティルはヨハン・ヨハンセンの弟子筋ですよね。

渡邊:そうですね。くりかえしますが、彼女の『チェルノブイリ』の劇伴は、前述の低音演出の総括的な作品としても秀逸です。現代の映画音楽の文脈的に、90年代以降の映画音楽らしさは「低音」なんだと思います。じっさいIMAXやドルビーアトモスなんかの売りもそこですし、それはジョージ・ルーカスがTHXを始動したときからつづいてきたことでもある。そんなことをふまえると、そろそろ反動で高音が流行るんじゃないかと(笑)!

そんな単純な話なのか(笑)。

渡邊:ハハ、でも音の生理なんて単純なものだと思うんですよ。映画音楽史を意識しながらみていくと、何年かに一度そういった時期、傾向がありますよ。

高音というのを美学的に言い直すとどうなります。

渡邊:低音というのはアトモスフィアをつくりやすいわけです。体感もあります。低音というのはサウンドトラックだけにかかわらず、地鳴りのような効果音などにも多用されますよね。きわめて映画的なレンジだと思いますが、たとえば、武満(徹)さんのお仕事などは、そこまで低音重視ではないですよね。

そうですね。

渡邊:世界的にみても映画音楽史の上でも、かなり特異で鮮度のある映画音楽です。もちろん、作曲家=武満の作風というだけではなく、その時代の映画がもちえたトーンに呼応してるようにも思えますが。そういう響きが流行るかはさておき、一方の余白になっているとは思います。

低音でもグリスアップでもない基準ですね。

渡邊:そうですね。とはいえ、武満さんの映画音楽もある時代の参照点でもあるわけで。映画監督がみてきた映画の音がそのひとのなかに蓄積されているわけですし、それなりに邦画をみていけば、必ずあの独特の武満トーンが記憶に残っているはず。だから音楽に疎いとおっしゃる監督でも、映画における音のマナーやリテラシーはあって、実際、音を当ててみるとなにがしかの映画の記憶が思い起こされたり、具体的な作品名を出して、あの映画の音楽がよかったなどの話しになりますし。

発見ですよね。それはさきおっしゃっていた映画と音楽、テクノロジーや方法論との親和性と同じで、不可逆的なものでもあると思うんです。

渡邊:ええ、映画がなければ存在しえなかった音楽の傾向はあるかもしれませんね。フィルムスコアリングのあり方が音に反映されている作品は多々あると思うので、映画のなかでしか聴けない音楽は、たとえばそれがオーケストレーションありきの音楽でなくとも電子音楽でもあると思います。

〈ECTO〉レーベルはそのような映画音楽作品をリリースするレーベルであり、『ゴーストマスター』はその第一弾であると。そう考えると、琢磨さんほど映画音楽に真摯にとりくんでいるミュージシャンはいないかもね。

渡邊:いえいえ! 自重ではありませんが、私はまだまだ試行錯誤の段階ですし、映画音楽の世界もよい意味で魑魅魍魎うごめいていますからね(笑)。最近はノイズやヒップホップ界からもドラマや映画音楽に参入してくるアーティストがいますし。個人的に映画は好きですが、それだけが動機でもないと思いますし。ただ、映画音楽をつくるのも、レーベルをスタートするのも、映画や音楽からの呪いみたいなものであると同時に、つまるところ実験であり、結果的には音楽にフィードバックしてくるなにかだと思います。

■映画情報

映画『ゴーストマスター』
監督:ヤング ポール
脚本:楠野一郎/ヤング ポール
音楽:渡邊琢磨
主題歌:マテリアルクラブ「Fear」
出演:三浦貴大/成海璃子
配給:S・D・P(2019年 日本)
○新宿シネマカリテほか絶賛公開中!全国順次ロードショー
ghostmaster.jp/

interview with Takuma Watanabe - ele-king


渡邊琢磨
ブランク

Inpartmaint Inc.

Ambient

Amazon Tower HMV disk union

 『ブランク』にもその音源を収録する染谷将太監督の短編映画『シミラー バット ディファレント』をはじめて目にしたのは2014年、〈水戸短編映画祭〉に招かれて渡邊琢磨と壇上で話したとき、短くも他者とのかかわりを繊細にきりとったこの映画を渡邊琢磨の音楽は静謐にいろどっていた。あれから3年、同年のソロ名義の前作『アンシクテット(Ansiktet)』が呼び水になったのか、翌年の冨永昌敬監督の『ローリング』、今年に入ってからは吉田大八監督の『美しい星』など渡邊琢磨は映画音楽をじつによくし、映画と音楽の関係がともすればアニメのそれに似通いがちな昨今の風潮の向こうを張る旺盛な実験精神をしめしてきた。ことに『美しい星』は今年の邦画界でも評判をとったのでご記憶の方もすくなくないにちがいない。内容については本媒体の水越真紀の秀抜な評文にゆずるとして、映画が公開するひと月前あたり、私はぶらぶらしていたとき、渡邊琢磨に近所のまいばすけっとの前でばったり会った。聞けば、これから『美しい星』のサントラのマスタリングなのだという。私は渡邊琢磨の音楽を聴くのは、まいばすけっとに行くことの数億倍は楽しみにしているが、はたして『美しい星』のサントラは期待をうわまわる出来映えだった。さらに間を置かず、新作『ブランク』を手にするとなるとよろこびもひとしおである。またこのアルバムは前作からつづくサイクルをいったん閉じるものであり渡邊琢磨にとっての映画と音楽の在り方の回答のひとつでもある。
 毎度ながら、対話は個別具体的な作家評はもとより近況報告まで、多岐かつ長時間にわたった。渡邊琢磨の音楽から現状を透かし見れば話題は尽きない。おそらく坂本龍一とダニエル・ロパティンの試みをおなじ視野におさめられるのは彼をおいてほかにいない。
 どういうことか、みなさんが目にしている印象的なジャケット写真を撮影したその日、ぐずついた日々の幕間のような熱暑にみまわれた東京の渋谷で(映画)音楽家渡邊琢磨に話を訊いた。

映画音楽がおもしろいのも、音楽家個人の作家性の問題にとどまらないからですよ。基本的には映画の演出効果の一環ですし、その点、匿名的なものですが、それでかえって、相関的に音楽がつくられる。

『ブランク』を聴くと、今年の『美しい星』や一昨年の冨永昌敬監督の『ローリング』など、琢磨くんが近年手がけた映画音楽は前作の『アンシクテット(Ansiktet)』(2014年)とひとつながりのように思いました。言い方はわるいかもしれませんが、ひとの土俵で自分のやりたいことをやっていたというか。

渡邊琢磨(以下、渡邊):一面的には、おっしゃる通りです(笑)。牧野(貴)さんの『Origin Of The Dreams』(2016年)もふくめ、付帯音楽の仕事は、僕がつくりたい音楽の実験の場にもなっています。

『アンシクテット』の意味は「顔」で、イングマール・ベルイマンの作品名の引用ですよね。当時すでにそういうことをやっていこうと思っていたと今回あらためて気づいたんですね。

渡邊:あのアルバムの制作を経て、映画監督にサウンドトラックの提案ができるようになりました。低予算でハリウッド映画にひけをとらない音楽がつくれます! というような(笑)。

低予算というのは魅力的だものね。

渡邊:卓録でハリウッドできますよ! というわけです(笑)。とはいえ、計画性があったわけではなく、アルバム制作後、映画音楽の仕事が重なっただけですが。『美しい星』の音楽を担当することになったのも、冨永昌敬監督の『ローリング』をみた(吉田)大八監督が、同作の映画音楽に興味をもったことがきっかけです。

『ローリング』は音楽がながれつづける映画でしたよね。

渡邊:冨永監督は、編集の際に1曲の劇伴を異なるシーンで再利用して、各々の場面や登場人物のエモーションを異化効果的に、重層的にしていく手腕があるのですが、『ローリング』の音楽制作時には、あえて厳密に「ここのTC(タイムコード)から、この位置まで(音楽を)当ててます」という指示書きをつけて完成した曲を送っていました。制作のスケジュールが少々タイトだったので、逆にバタバタとこちらの思惑通りことが運びました(笑)。それが意外に評価いただいた次第です(笑)。

いやよかったですよ。音楽も、映画をひっぱる推進力になっていたし。

渡邊:映画のハイライトあたりに、尋常じゃないテンションの男が電気ドリル片手に主人公を追いかけてくるって、これはもう脚本で読むかぎり、とてもサスペンスフルなシーンのはずですよ! でも、冨永監督が演出した本編シーンをみると、おかしなことに追いかけられてるはずの主人公が切羽詰まってない、なんとなく逃げてる(笑)。音楽家としては大変困ったシーンです(笑)! そこであえてサスペンスに寄せた劇伴、というかこれは冨永監督と私の共通見解で、『ゴッドファーザーⅡ』の暗殺シーンの音楽パロディをつくりまして、それを当てたところ、緊張感を煽る音楽と、滑稽な登場人物たちの挙動のアンバランスさが、さらなる異化効果、なのかすらもわからない不条理な名場面になりまして(笑)。

それが斬新とうけとられると――

渡邊:実際どうなのかわかりませんが(笑)。してやったり、という感じでしょうか(笑)。

『アンシクテット』のとき、お金がないから卓録でオーケストラやるんですよ、と琢磨くんはいっていて、それはそうなんだろうと思いつつ、考えてみればその手法自体が汎用可能な方法になっていたのが、ふりかえって考えるとおどろきでした。きのう『アンシクテット』から『ブランク』をつづけて聴いたんですが、そうすると発見があるんですね。

渡邊:やり方がわかってきて調子に乗ってるのかもしれません(笑)。でもなにがしかの企画や前提条件ありきではなく、自分が聴いてみたい音楽を制約なしでつくることが、結果、映画音楽などの仕事のシミュレーションになってますね。『アンシクテット』をつくっていた時点ではあくまで、映画音楽のようなテクスチャーで自分の音楽をつくる、それで完結でしたから。事後、映画監督との共同作業に派生していったのは、おもしろいながれではありますが。

たとえば往年のハリウッド映画のサントラを卓録でやると聞くと、いかに生の音をPCで再現するかという部分に耳がいきがちですが、それをふくめたサウンド総体に独自性があったんだと『美しい星』のサントラや『ブランク』を聴いて思いました。ところがそれも『アンシクテット』の時点にすでにその萌芽があったということが遡及的に理解できたんですね。

渡邊:シンフォニックな生楽器の響きと、電子音ないしダンストラックなどの機械的な響きの整合性をはかるのは、サンプリング技術などが発達した現代にあっても悩ましい問題です。表層的には異種の音の垣根などなさそうに思えますが、そこには楽曲や音響上の問題だけではなく、ジャンル固有の歴史的文脈や修辞法による先入観もあり、実際、アレンジやミックスの段になると、個々の音の差異に生理的な違和感をもつことが多々あります。とはいえ、その水と油をあえて混ぜる好奇心には抗えませんし、当初から関心がありました。

生楽器なりオーケストラなりと電子音楽をブレンドするのは、だれでも考えつくんですが、ジェフ・ミルズにしろカール・クレイグにしろ、彼らのオリジナル以上になるかといえばそうではないもんね。

渡邊:演奏者と作曲者、または編曲者の関係性にも依拠する問題かと思います。作曲者に明確な音のイメージがあっても、その音をどのように記譜して演奏者に伝えるかを熟慮しなければなりませんし、音符や記号に忠実な演奏をしても、作曲者の意図に沿わない場合もあります。そういう作曲者の苦悩というか、演奏者と作曲者の障壁の解決法として、様々な記譜法が20世紀以降に考案されてきたわけですが、私的には、演奏者の想像力を頼りにするか、もしくは仮想オーケストラでてっとりばやく具体化するか(笑)、いずれにせよ、いろいろハードルがありますね。かといってポスト・クラシカルだとか、そういうサブジャンルに逃げ込むのもイヤですし。

ポストロックはむろんのこと、琢磨くんはジャズにせよ、ラテンやロックでもいいんですが、そういうことの中心にはいかないように気をつけているようにみえるんですが、それは意識的なんですか。

渡邊:結局ラテンといっても、僕の場合〈アメリカン・クラーヴェ〉というか、キップ・ハンラハンですからね(笑)。自分はラテン音楽の当事者にはなりえないですが、周縁からラテンというか、移民、多民族のアンサンブルにアプローチして音楽をつくる、それもある種ラテン的なおもしろさだと思います。ラテン音楽の歴史やなりたちの複雑さを考えると、人種や文化のちがいから生じる摩擦ありきの音楽も、広義の意味でラテンじゃないかと。映画音楽がおもしろいのも、音楽家個人の作家性の問題にとどまらないからですよ。基本的には映画の演出効果の一環ですし、その点、匿名的なものですが、それでかえって、相関的に音楽がつくられる。染谷監督の『ブランク』などは、音楽制作に関しては自己完結してますが、映画の主題ありきですし、ふだん自分ではつくらない音楽がひっぱりだされています。そうした想定外のところにいかないと、なんにせよおもしろくないというのはありますね。

染谷さんの『シミラー バット ディファレント』は、以前琢磨くんが〈水戸短編映画祭〉に呼んでくれたときに上映したのをみましたが、あれがおふたりの最初の共同作業ですよね。

渡邊:そうです、2013年なので『アンシクテット』の1年前。

染谷さんとの出会いはそもそも――

渡邊:冨永昌敬監督の映画『パンドラの匣』(2009年)の打ち上げ会場に、冨永監督に呼ばれてお邪魔したら、たまたま隣の席が染谷くんだった。それがきっかけで一緒に遊ぶようになって。『シミラー バット ディファレント』の音楽を手がけたのは、出会ってからだいぶ時間も経っていて、いちおう僕が音楽担当になってますけど、染谷監督から映画音楽の依頼がきたわけでもなく、「映画音楽ってどうすればいいんですかね……」「そうねぇ……」とかいう相談からはじまったんですよ(笑)。あーだこーだ話しているうちに、面倒になってきて1曲つくって送ったところ、結果的に音楽担当になったような感じです。

自主制作でしたよね。

渡邊:そうです。仕事という感じでもなかったですね。映画によっては、映像に音を当てる前段階から音が聴こえてくるような作品がありますが、染谷監督の映画にも独特のグルーヴのようなものがあって、音楽の方向性は比較的つかみやすいです。もちろん軌道修正が必要になることもありますが。『美しい星』は、少々大変でした(笑)。

吉田監督のどういったところがたいへんだったんですか。

渡邊:大八監督がたいへんというより、音楽制作の期限に対して必要とされる曲数が、少々多かった(笑)、そういう時間的な問題です。それでかつ、大八監督から「この曲にはもうちょっとベースが欲しいですね」等々いわれると「ベースは後回しです!」とか、なりますよね(笑)。

ベースって音楽的な意味でのベースということ?

渡邊:大八監督は音楽に関しても独特の嗜好がありまして。監督は趣味でベースも弾くのですが、ミック・カーンが好きなんですよ(笑)!

私もそうですが、ベーシストといってミック・カーンとコリン・ムールディングとパーシー・ジョーンズを挙げるひとはたいがいひねくれていますよ。

渡邊:あまりベースっぽくない演奏をするベーシストですね(笑)。なのでわりと詳細な音のオーダーもあったりするのです。時間があればいくらでも実験したいのですが。

工程の話でしたね。

渡邊:そうです。

でも『美しい星』は本編もそうですが、音楽もよかった。ここにこういった音をつけるのかと思いました(笑)。

渡邊:制作期間中は終始ハイテンションでした(笑)。楽しかったです。

“Messenger”とか、亀梨(和也)くんの場面でこれでいいのかなと思いましたよ。

渡邊:ぼく自身、あれが正解なのかどうか半信半疑でしたよ(笑)。

ああいう疑似ワールド・ミュージック的な音楽は、私は琢磨くんがやっているのを知っているからおもしろがれるんだけどよく考えると唐突だよね。

渡邊:あのシーンには別テイクがありまして、最初は他のシーンとも整合性のある音楽を当ててたのですが、大八監督から「もっと振り幅出してください」というリクエストが再三きまして、その結果、ああいう擬似ワールド・ミュージックになりました(笑)。最初の数テイクがNGになったので、ひとまず、素地にしてたデータを全部捨てて、サンプリングのネタ探しをするという。シンフォニックな映画音楽をつくりたいという、こちらの思惑からどんどん逸脱していくプロセスに切り替えました(笑)。アフロ・ポップのレコードから数拍をサンプリングして逆再生したり解体したり、なんかヘンだなと思いつつ「振り幅だからな」と自分にいいきかせながらつくった曲を送ったら、大八監督から「これです!」というOKをいただきまして。「これなんだぁ……」とは思いましたが(笑)。

吉田監督のミック・カーン好きに助けられたかもしれないですね。

渡邊:(笑)独断ではあの曲は当ててませんね。亀梨さんの場面で、音楽的にここまで振り切ってもいいということが分かったので、そのあとの金沢の海岸で橋本愛さんが覚醒するシーン(“Awakening”)も躊躇うことなくつくれました。

幅を承知して自由度が高まったんですね。

渡邊:タガが外れました(笑)。


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特定の映画のために書き下ろした音楽を、パーソナルな作品に作り変えるという、領域横断的なプロセスに興味がありました。その作業の過程で映画作品のイメージが漂白していって、その結果、本来的な機能を失った用途不明の音楽だけが残りました。この使いどころ、用途不明な状態にある音楽が、ぼくの考えるアンビエント・ミュージックなのかもしれません(笑)。


渡邊琢磨
ブランク

Inpartmaint Inc.

Ambient

Amazon Tower HMV disk union

映画においても音楽のつけ方はいろいろありますよね。演出効果と考えることもできるし異化効果とみなすこともできる。琢磨くんの基本的なスタンスはどのようなものですか。

渡邊:基本的には、映画の主題によって自分のスタンスは変調します。異化効果などの方法論を踏まえるまでもなく、映画の見せ方は監督の感性、場合によっては人柄に依拠してますし、そのシーンをどう見せるべきかは、やはり監督の意向ありきです。その前提の上、あくまで音楽でこちらの解釈を提案します。ただバジェットや製作事情を音楽をつくる上での制約にはしたくないですね。音楽予算が潤沢になくても、ある場面からハリウッド大作映画のような音を想起したら具体化する方法を模索します。とにかく一度、具体を提案してみないことには、監督も判断できませんし。ただ、こういうなりたちの仕方が基準になってしまうと、それ以降は、琢磨くんだったらできるでしょ的なことになるので厄介です(笑)!

吉田さんだって、冨永さんのでそういうことをやっていたから琢磨くんにお願いしたわけだから、次はまたちがうことをやってくれますよね、という含意ありきだったでしょうからね。

渡邊:じつは『美しい星』のラッシュには『ローリング』のサントラがテンプトラック(既製曲を監督のイメージとして仮当てしておくこと)として当ててあって(笑)。黒澤明監督と武満徹さんが『乱』の音楽制作時に、マーラーみたいな音をつくってください、つくりませんというような既製曲を巡って侃々諤々するのはべつの次元で大変だと思いますが、過去の自己作品が仮当てされてあって、かつ、その曲に合わせて編集まで施してあって、これはなかなか厄介だと思いましたよ(笑)。別の映画のためにつくった音楽なので、そのイメージを払拭しなければならいし、元来、金沢の海岸に円盤が登場するシーンではなく、水戸の荒野で悪巧みをするロクでなしたちというシーンのためにつくったわけで(笑)、でも、それでかえって意気込んで、アルペジエーターでシンセをグワングワン鳴らして、のっけからトランスでいこうと思ったんです(笑)。同作のトークイベントのさいにも同じような話しをしたのですが、デヴィッド・シルヴィアンのツアーにいったじゃないですか――

そうでした! ということは、琢磨くんはミック・カーン好きにはぴったりじゃない(笑)。

渡邊:なのですが、大八監督は、僕がデヴィッド・シルヴィアン・ツアーのメンバーだったことは制作中は知らなかったのです(笑)。『美しい星』の打ち上げ会場かどこかで、覚醒のシーンの音楽はどう着想したんですか? というような話しになって、そのさい、デヴィッドの欧州ツアー中の出来事に言及したのです。欧州ツアーの中盤はベルリンだったのですが、そのとき、前ノリしたんですね。到着した日はオフで、ぼくはバンド・メンバーとは別行動でベルクハインに行ったんです。たしか、〈Perlon〉のレーベル・イベントだったと思うのですが、雰囲気とお酒にストレスも相俟ってたいへん昂揚しまして(笑)、その場にいた見知らぬカップルと仲よくなって、酒を奢ったり奢られたりしながら踊っていたんです。その瞬間の恍惚さと、できあいの友情はとてもリアルだったのですが、結局、朝になってお開きになり、そのカップルとは連絡先も交換せずわかれてタクシーも拾えず、数時間後にはデヴィッドの公演があるし、その後はまたバスに乗って夜走りでオッフェンバッハまで移動しなければならない。一挙に現実に引き戻されました(笑)。こういう一過性のリアルは、「覚醒」シーンと通底するなと思って、作曲のあいだ、その夜の出来事を思い返してました。金沢の海岸に出現する円盤や、宇宙人に覚醒したことは当人にとっては紛れもない事実ですが、あくまで一過性のリアルであって、事後的に現実に立ち返るわけですが、その瞬間は恍惚とともに壮大に円盤を出現させたい(笑)! 要するにこれは異化というより、その場面でみえてる状況を音楽でさらに煽って明確化することで、事後的に「あれはなんだったのか?」という価値転倒が起こるというか、解釈が分岐するような演出効果かなと。SF映画のおもしろい部分でもあると思うのですが。

それをおこなうには作品に内在しながら批評性が求められますよね。

渡邊:そうですね。原作も、三島由紀夫作品のなかでは異色ですし。

三島という点にも解釈の幅がありますからね。

渡邊:そうなんですよ。最初の打ち合わせのとき、大八監督とあまり明確な意見交換ができなかったので、仕事の内容としていろいろ伏線というか、落とし穴があり過ぎるような気がして、少々疑心暗鬼になりましたよ(笑)。

さっきおっしゃったアフターアワーズについていえば、昂揚はそのあとに現実が来ることがわかっているから昂ぶるのかもしれないですよね。

渡邊:その途上がすでに気持ちのマックスかもしれませんね。クラブの扉の向こうから、キックの低音が聴こえてきたときとか、バーカウンターからクラウドを遠巻きに見てる瞬間とか。

音楽にも過剰さのなかにそのあとの予兆がありましたよね。

渡邊:やはり相関的なものですね。ある一方だけでは成り立たない。

と同時に、音楽と映像との関係が短絡しないから一度目は素通りしてしまう場面が見直すとちがう印象になるとも思うんです。そしてそれは琢磨くんのここさいきんの音楽にも通底しているとも思うんですね。『アンシクテット』以降、曲数も多くないし大作主義ではないから聴くことへの負荷はないけれど1曲ごとに多様なレイヤーがありますよね。

渡邊:それは音楽にかぎっていえば、カテゴライズされることに対する拒否反応かもしれません(笑)。映画音楽の場合、監督やスタッフとの共同作業という点で、つねに重層的な仕事です。

いま琢磨くんがかかわっている映画音楽はありますか。

渡邊:ここ数ヶ月は『ローリング』あたりから地つづきだった感じがひと段落したところですが、年末から12月にクランクアップする若手監督の映画音楽にとりかかる予定です。

べつのプロジェクトはどうですか。現在構想していることなどあれば。

渡邊:Mac買い替えたいですね。

それいまここでいうことじゃないよね(笑)。

渡邊:いや、データの量がハンパないんですよ(笑)! しかもそれらは基本的にひとの作品のためのデータなので。音素材だけならHDDに移し替えてしまうのですが、アプリケーションやらプラグインやらになると判断が難しいし、自分の作品に着手するにあたっては、五線紙と同じで、まっさらなところからはじめたいというのもあるし。とはいえ次はポスト・プロダクションでなにかをつくるのではなくて、アンサンブルを一発録りしたいですね。いい加減ピアノ・クインテットやアンサンブル編成のレコーディングに着手したいです。

PCで構築する音楽と譜面の音楽にとりくむさいの構えはどうちがいます?

渡邊:ピアノ・クインテットの場合はバンドというか、メンバーが決まっているので、彼らに向けて音を書いているというか。彼らの演奏を受けて曲を改訂したりもします。逆に、彼らの表現の嗜好性や音色、そして技術的なことも含め、不相応なものはつくりません。

ピアノ・クインテットも、私は〈水戸短編映画祭〉に呼んでいただいたときに拝見しましたが、あれの時点では――

渡邊:2014年で結成してしばらく経ったころです。メンバーはチェロの徳澤青弦とヴァイオリンの梶谷裕子、コントラバスは千葉広樹、最後にヴィオラの須原杏がメンバーになってだいたい固定しました。このメンバーで演奏するときのテクスチャーというか音色の妙が好きですね。ふだん彼らは多方面で活動していますし、詳細な記譜や指示を出さなくても彼らの音楽的感性とキャパシティで作品を解釈してくれることが多々あります。会っていないときにいろいろやっているんだなぁ、というのがそれでわかる。それにたいして、作曲者本人は単調な生活を送っているわけですが(笑)。

だれかと音楽をつくるさい、変化というか意想外の演奏を聴きたい、と考えている?

渡邊:結局のところ、作曲者にとって演奏者の技量や特性は未知数ですし、これは楽器法などにも通じますが、たとえば、弦楽器奏者に重音を指定する際、ラ→ドよりも、ド→ラの方が弾きやすいとか、開放弦を使ったほうがより響くとか、そういう楽器の特性上、多少の改訂を施した方が作曲者の本意に沿ってる場合が多々ありますし、私的には弦楽器なら弦奏者に、ある程度の判断を委ねたほうが、よい意味で意想外に奏功すると思います。作曲者だけですべて判断するには、相応の経験が必要になりますし、それは演奏者とのやり取りを通して身につくものですからね。ただこちらも奏者が手癖に固執したり、一般論を持ち出してきたときは、何がしかの奇策で対応しますよ(笑)。ただ最近はどの分野においても、旧来のやり方や枠にとらわれないことを模索する音楽家やアーティストがいますし、こういうやりとりは比較的、容易だと私的には思います。ただしミーティングであれば建設的なやり取りができますが、メールやネットを介したやりとりだと、いっそう、こじれることもあります(笑)!
 ピアノ・クインテットもアルバム1枚分くらいの曲はあるのですが、もう少し可能性を模索してからレコーディングやライヴを頻発させたい。とくに音源化すると、それが決定稿になってしまうので。五線紙上にある音符の段階なら、いくらでも改訂できますからね。

リリースは来年くらい?

渡邊:そうですね。映画音楽などの仕事で得た実感やアイディアなどもフィードバックしつつ、つくれればよいなと。

海外での活動はどうですか?

渡邊:2016年に牧野貴さんとハンブルグ国際短編映画祭で『Origin Of The Dreams』の現地ライヴ上映を企図したさい、ケルン在中のパーカッション奏者、渡邉理恵さんを介して、ジョン・エックハルトというコントラバス奏者を紹介されて、彼はエヴァン・パーカーとの共作からクセナキスの作品演奏までかかわるツワモノでして(笑)、彼を中心に弦楽アンサンブルを編成することを考えたのですが、結局、日程の関係で実現しなかったので、なにがしかの機会を探ってます。あとは、こちらの弦楽アンサンブルとの共演を打診をしている海外のアーティストがいて、のちのちレコーディングやコンサートを行う予定です。なんにせよ、グローバルな視座だけでなく、異質性ありきです。ローレンス・イングリッシュに『ブランク』のマスタリングをお願いしたさいもどういう仕上がりになるかまったく予想できませんでしたが、彼の音響に対するアプローチ自体に興味があったので、どういう仕上がりであれ楽しみでした。結果、すばらしかったですし。

彼と仕事したことは?

渡邊:はじめてです。彼が主催するレーベル〈Room40〉の動向には、以前から興味がありましたが、たまたま〈インパートメント〉の下村さんからローレンスがマスタリングも手がけるという話しをうかがって。彼はやはりアーティストですし、マスタリングに特化していえば、多少懸念する部分もありましたが、エンジニアリングの観点でもすばらしい耳をしていると思いました。

彼がふだんやっているような音楽ではないですもんね。

渡邊:そうですね。ただ職人性を求めたわけではないですし、マスタリング・エンジニアと比較すると、多少の作家性はついてると思いますが、それ自体とてもオーガニックなものだったので。音質は変化しましたが、違和感はまったくなかったです。そういう趣向性自体とても刺激的でした。

『ブランク』は『シミラー バット ディファレント』『清澄』『ブランク』という染谷将太監督の3作品の音楽を再構成したアルバムですが、別々の映画に書きおろした楽曲を1枚のアルバムに再構成するさい、統一感を出すために留意した点はありますか?

渡邊:まず、特定の映画のために書き下ろした音楽を、パーソナルな作品に作り変えるという、領域横断的なプロセスに興味がありました。その作業の過程で映画作品のイメージが漂白していって、その結果、本来的な機能を失った用途不明の音楽だけが残りました。この使いどころ、用途不明な状態にある音楽が、ぼくの考えるアンビエント・ミュージックなのかもしれません(笑)。この本来的な機能を音楽から剥奪するというプロセスが、音の統一感に作用してるように思います。

そのなかで使用している雨音、和楽器、パイプオルガン、合唱、鐘の音などのマテリアルの記名性になにがしかの意図はある?

渡邊:どういう音楽が映画『ブランク』に相応なのかまったくわからない反面、なにを当てても正解にみえてくるという、ひとを食ったような問題が制作当初あり(笑)、かつ、染谷監督からとくに要望がなかったので、ひとまず、なにか極端なことにトライしてみようと思い、映像上、可視化されてない現象や動きに、私の一存で音を当てて、どこまでそのシーンが変容するか見てみようと、そういう実験をやってみたんです(笑)。そのさい、雨、風、鐘といった、どちらかといえば効果音に相当する音と、なにがしか先入観のある音、例えばパイプオルガン=教会とか、三味線=日本の情景であるとかを取捨選択し、それらを音から想起するイメージとは相反するシーンに当ててみたのですが、さすが『ブランク』というだけあって、スポンジのように、どんな音でも吸いとってしまいました。

ある側面からみると等価もしくは無秩序と思えても、秩序や管理、あるいは支配が別のなにかにとってかわっただけ、もしくはほかのレイヤーに移行しただけということは、社会構造もしくは、インターネットの仕組みなどを考えれば容易にわかりますし、もはやそこになんの疑いもなくユートピアをみるひとはいないと思います。

アンビエントといえば、マスタリングを担当したローレンス・イングリッシュの作風のいったんもそのようなものですが、琢磨くんは彼らのようなアンビエントないしエクスペリメンタルな音楽の現在の在り方についてはどう考えます?

渡邊:ポピュラー音楽とはまた別の観点で時代や社会状況が反映されてると思いますね。それもすごい速さでリフレクションしてる。最近は少しおちついた気もしますが、たまに突然変異体が時勢に即して出現しますよね(笑)。なぜそういう音色や音像になったのか、方法論的にはまったくわからないけど、あきらかにいまの状況の裂け目から生まれた音だなと、そこは明瞭だと思います。ローレンスの新譜『Cruel Optimism』を聴いてみてくださいよ。音に尋常じゃない批評性を感じます。あぁ世の中狂ってるなぁと、その事実を音で再認識して、それで癒されるという重層的なアンビエント・ミュージックですよ(笑)! 音に関していえば、耳がいいひとが手がけるものは、それがエクスペリメンタルであれ、フィールド・レコーディングの音であれ、音楽的ですね。ローレンスや、クリス・ワトソンもそうですが、彼らがつくる、あるいは録る音はノイズにしろ虫の声にしろ、可聴領域的にも心地よい(笑)。音楽はいろいろ聴きますが、映画音楽など時間に追われる仕事をやると、朝6時くらいから作業を開始して、夕方までに1曲納品するというような生活サイクルにせざるえないのですが、その後さらに聴ける音楽を考えると、耳の耐性的にもキャパオーバーでなかなか難しい。でもお酒を飲んだりボーッとするときになにか音が流れててほしいなと思ったとき、手にとるのはやはりポピュラー音楽ではなく、エクスペリメンタルというか、カエルの声や雨音、せいぜい、やさしい笛の音などになるんです(笑)。そういう生活実感を経て一層、アンビエントや実験音楽に嗜好が寄るようになりました(笑)。

ちょっとジョン・ケージ化してきた?

渡邊:概念的にですか?

それもありつつですが。ちなみに、ケージ的な概念についてはどう思います?

渡邊:なかなか複雑ですよね。ケージ的な概念といっても表層的な意味においてですが、環境音やノイズを意識的に音楽に取り込むことが、ここまで常態化した現在、ジョン・ケージが提唱してきたことはあらためて言及するまでもないと思いますが、たとえば“4分33秒”をコンサートで聴くのは、いまだに稀有な音楽体験になると思いますし、それはやはり革新性うんぬん以前に作品がよいのだと、あえて申し上げたい(笑)! 偶然性を採用した諸作でも、ほんとうにコインを投げて音を決めたのか? と勘ぐりたくなるような美しい曲もあって(笑)。逆に、武満さんの音楽評論などを通して考えると、ケージの東洋思想に対してはいささか抵抗したくなるし。まぁ、ぼくにとってジョン・ケージは、沈黙でも、きのこでもなく、音大時代に読んだ『サイレンス』と、あのチャーミングな笑顔ですよ(笑)!

音のヒエラルヒーについてはどう考えます? すべての音が等価であると、琢磨くんは考えなさそうですが。

渡邊:たとえば、異なる文化に属するラテン音楽のリズムなどを活用して作曲するさいに、どこまでラテンと自分の趣向を相対化して音楽をつくれるのか考えるわけですが、メロディや和声進行を非ラテン的なものにしても、それがクラーヴェのリズム構造に即してないと、あのキップ・ハンラハンが招集する強靭なプレイヤーたちは真価を発揮しません、というより、「Oh No」とか残念そうな表情でいいやがるので、たいへん腹立たしいんです(笑)! そこでリズム構造だけは採用して、その上に自分なりの旋律をつくればよいとか思うのですが、このリズムの磁場というか重力が相当なもので、なにをどうやっても、ラテン音楽風の既成概念をふりほどけない(笑)。これには面喰らって頭を抱えましたが、結果どうにか自分の音楽に引き寄せることができました。しかし彼らと一緒に飲みにいって、あの尋常でない酒量につきあった結果、体調を崩したので、やはりラテンに抗うことはできませんでした(笑)。それは冗談ですが、ある側面からみると等価もしくは無秩序と思えても、秩序や管理、あるいは支配が別のなにかにとってかわっただけ、もしくはほかのレイヤーに移行しただけということは、社会構造もしくは、インターネットの仕組みなどを考えれば容易にわかりますし、もはやそこになんの疑いもなくユートピアをみるひとはいないと思います。話しが飛躍しましたが、一面的にはすべての音が等価なこともありえるかもしれませんが、疑念は晴れません、自分の性格上(笑)。ただ平坦な意味で、あのひとのドラムよいなとか、先述のように、あの虫の声いいなとか、そういうこともありますし、やはり音楽的な志向の問題かなと。『ブランク』の音楽も、ほとんどすべて自分でコントロールして自己完結でつくっていますが、工程上、一番最後に音に触れたのは、ローレンス・イングリッシュですし。

別ヴァージョンがあるわけではないので比較はできませんが、つくるのがひとりで完結したぶん、マスタリングではじめてのひとと組んだのは結果的によかったのかもしれませんね。

渡邊:彼はオーストラリア在住なので、カンガルーみながらマスタリングしたのかなと思っていました。

すべてのオーストラリア人がカンガルーのそばで暮らしているわけではないですけどね。

渡邊:(笑)ブリスベンなので都会だとは思いますが、オーストラリア大陸から派生した電気が音に影響してるかと思うと興奮します(笑)。 (了)


 擬装チェンバー・ポップの傑作『Ansiktet』(Inpartmaint)以後、ピアノ・カルテットを結成し、このところ弦楽曲に注力してきた渡邊琢磨(akaコンボピアノ)が、本媒体でも何度かとりあげた気鋭の映像作家、牧野貴とタッグを組み、「Origin Of The Dream(夢の起源)」と題した音と映像によるステージを渋谷WWWで初演する。具体的なイメージを重層化し、縦横無尽に運動させる牧野の映像と、古今東西の弦楽曲の批評的乗り越えを目する渡邊琢磨のスコアにもとづく13台の弦楽器の52本のストリングスが織りなすドラマの交錯は、逃れることのできないほど官能的な、夢の起源(Origin Of The Dreams)を思わせる舞台になることうけあいです!


写真:Yasuhiro Koyama


写真:Ryo MItamura

渡邊琢磨 × 牧野貴 Live Concert
'Origin Of The Dreams'

2016年3月17日(木) 
渋谷WWW
開場20:00/開演20:30
 
映像:牧野貴
音楽:渡邊琢磨

Piano,Conduct : 渡邊琢磨
1st Violin : 梶谷裕子、大嶋世菜、高橋暁
2nd Violin : 須原杏、帆足彩、波多野敦子
Viola : 中島久美、中山綾、河村泉
Cello : 徳澤青弦、橋本歩
Double Bass : 鈴木正人、千葉広樹
 
料金:3,300円(全席自由/ドリンク代別)
会場:渋谷WWW
住所:東京都渋谷区宇田川町13-17 ライズビル地下
アクセス:https://www-shibuya.jp/access/
お問い合わせ:WWW 03-5458-7685
チケット購入ページURL(パソコン/スマートフォン/携帯共通)
https://sort.eplus.jp/sys/T1U14P0010843P006001P002179310P0030001

牧野貴(映画作家)
2001年日大芸術学部映画学科撮影・現像コース卒業後、単独で渡英、ブラザーズ・クエイに師事する。2002年よりテレシネ・カラーリストとして多くの劇映画、ミュージックビデオ、CF、アーカイブの色彩調整を担当する傍ら、2004年より単独上映会を開始する。フィルム、ヴィデオを駆使した、実験的要素の極めて高い、濃密な抽象性を持ちながらも、鑑賞者に物語を感じさせる有機的な映画を制作している。また、ジム・オルーク、ローレンス・イングリッシュ、コリーン、マシネファブリーク、大友良英、山本精一、渡邊琢磨、カール・ストーン、タラ・ジェイン・オニール、イ・オッキョン等の前衛音楽家と共同作業においても、世界的に高い評価を獲得している。2009年には上映組織「+」プラスを立ち上げ、今まで日本に紹介される事の無かった映画作品を多数上映している。2011年よりエクスパンデッドシネマプロジェクトを開始、ヨーロッパ、北米、南米、オーストラリア、アジア等数多くの国際映画祭で受賞、上映多数。作品の発表は主に映画祭、映像芸術祭、音楽祭などの他、映画館、美術館やギャラリー、ライブハウスでも行い、その活躍の場は増幅を続けている。現代日本実験映像界を率先する作家である。https://makinotakashi.net/

渡邊琢磨(作曲、ピアノ)
97年、米バークリー音楽大学で作曲を学ぶ。帰国後、「COMBOPIANO」名義で活動を開始。2000年、NYに渡り鬼才プロデューサー、キップ・ハンラハンとの共同制作でアルバムを次々とリリースし注目を集める(英、音楽専門誌「WIRE」などに取上げられる)以降、国内外のアーティストと多岐に渡り音楽制作活動を行う。2004年、内田也哉子、鈴木正人(little Creatures)と、「sighboat」を結成(サマーソニック'10出演ほか)。2007年、デヴィッド・シルヴィアンのワールドツアー18カ国30公演にピアニストとして参加。2008年、内橋和久(gt)、千住宗臣(ds)とCOMBOPIANOをバンドとして再編(フジロックフェスティバル'09出演ほか)2014年、本人名義としては6年ぶりとなるアルバム『Ansiktet』をリリース。同年、本人主宰による室内楽アンサンブル「Piano Quintet」を結成(アラバキロックフェスティバル'15出演ほか)映画音楽、CM、舞台等、多岐に渡り楽曲制作・提供する。https://www.takumawatanabe.com/


 

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